第126回ご縁結びのコーナー 株式会社coxco西側愛弓さん 子供の頃からビジネススキルは満点だった!家族愛に溢れその愛情が世界へ!
2025年 07月 13日
朝日新聞社の関連サイトtelling記事:フィリピンの子どもたちとエシカルな服づくり。西側愛弓さんがファッションに込める思いとは
Forbes JAPAN:国際的広告賞も受賞! coxco西側愛弓が挑む「NPOxブランド事業」
2021年7月27日私が執筆したWedge記事:世界を良くする「ファッション」とは何か?
Newsweek誌の表紙を飾った西側さん「ファッションを楽しめるのは特権」…フィリピンの貧困地区から世界を変える「coxco(ココ)」とは?2025年7月9日
今回のインタビューは、私からなかなか縁の遠いファッション、アパレル。そこに海外の子供さんたちのファッションショーがセットされている。社会性の高い非営利と営利を組み合わせて事業を展開されている西側さんにインタビューさせていただきました。いつもニコニコ、しかし芯があり、はっきり物事を捉え、対話する。たくさんの仲間に囲まれて、皆さんが応援をしたくなる。そんな素敵な女性経営者であります。そこに関西弁を駆使し楽しい楽しい雰囲気をいつも作ってくださる。西側さんについて本日はお話を進めたいと思います。

【最近の西側さん】
◆西側さんのプロフィールについて
1995年3月生まれ 大学を卒業後、新卒で株式会社サイバーエージェントに入社。ネット広告のセールスとして働いたのち2019年1月に退社。その後、NPO団体「DEAR ME」を立ち上げ、代表理事を務める。2020年には、再生素材や残布などを用いた循環型のファッションブランド「coxco」を設立。また、ファッションを通して社会課題の解決を目指し、フィリピンで貧困層の人々が無償で通えるファッションスクール「coxco Lab」を運営。ファッション誌「ELLE」のスタイルインサイダーで連載を持つ。
◆西側さんと出会いについて
自分が40歳位から意識をし始めた。とにかく若い方々とどうしたら仲良くなれるかということから年齢をどんどん下げていくこと。そこにフォーカスして若い方から若い方をご紹介いただく。それがだいぶ流れができて、現在は20代の経営者にも楽しくお話しできる。もう40歳も歳の差が離れても受け入れられるように、自分の中では努力もし、ある程度自信もついてきました。年齢差30歳位の方で、当時はまだ大学生だった方が社会人になりサイバーエージェントに入社し、第一線で頑張っていらっしゃった方の後輩が西側さんに当たります。お会いした時は社会人を2年ほど経験したばかりで、24歳あたりではなかったかと思うのですが、これから独立して起業家へ、社会起業家も目指していく状況でこれから!という感じで、お話を渋谷で聞いたことを思い出します。

【出会った頃の西側さんと】
とにかく明るい。なかなか大変な事業をされるなというのが第一印象で、社会起業家がまだまだ受け入れてもらえるような状況ではないと思っていた中で、そこに足を踏み出す覚悟も感じていました。たいした応援はできてないんですが、いろんな方々をご紹介したいと思ったのが第一印象になります。そこから一歩一歩努力を積み上げて、今では冒頭に書いた通り、メディアで取り上げられたり大きな表彰を受けたり、経営者としての実力も備わってこられたと思う西側さんであります。
◆子供時代の西側さんについて 当時からビジネススキルは満点!だった
どんな子供時代でしたか?と質問すると、運動や勉強や音楽、学校で習うことに関しては、何一つ人に自慢できるものはなかった。どちらかと言うと劣等感にさいなまれて小学・中学校時代を過ごしていたとお話をしてくださいました。一方で、友達には恵まれていたこと、家族にも愛が溢れるような状況であったこと、人が好きであること、友達とたくさん遊んでいたこと、自分には運がある。ラッキーと言う言葉が劣等感と対比してたくさん出てくる。そんな子供時代を話していただきました。友達とたくさん遊ぶことが大好き。たくさんたくさん友達がいた。学校の勉強や体育、音楽そういったこととはかけ離れたコミュニケーション力が高いことや自分自身に運がある周りの人が支えてくれることに感謝している。そういうことを小さい時から感じている事は、もう既に社会人になって必要なコミュニケーション力は備わっていると判断できました。家族同士仲が良く末っ子である西側さんのお兄さんやお姉さんの友達ともコミュニケーションが取れることが上手だった。そういったことからも社会に出て必要なことを子供時代に学んでいた事は納得するものがありました。
またファッションに興味があり、たくさんきれいなお洋服を着ることが好きだったということから派手な女性と見られて、誤解を生むこともあり、そこで悩むこともありましたが、とにかく自分を表現する意味でもファッションに興味があったことがある意味、将来へプラスに働いていたと思いました。
クラブ活動で何か関係することありましたかと質問をしましたら、中学の時に映画スウィングガールズを見て、トランペットやサックスをやりたいと思って吹奏楽部に入りました。入部して金管楽器、どれも音が出ず、打楽器担当になりパーカッションをやっていたと笑って話してくださいました。
クラブ活動で何か今に通じるということではなく、日々のコミュニケーション力、人が好きというところから、またそれが家族から教えられてきた感情の表現を言葉に出すことを上手に磨いてこられたことが今に生きているように思います。
何かに挑戦してうまくいった試しがない。自信がない中で、日々が過ぎていき、大学に興味もなく、高校出たら海外の大学に行ってファッションの勉強でもしたいと思っていたそうですが、西側さんのお姉さんが妹思いのところ想いを懇々と説明しその妹思いの深さに西側さんはハッとして、全く勉強に興味のないところから、大学に行くための戦略を描いてどうすれば、残り1年で大学に合格できるか?、逆算してやることと、やらないことを選択と集中に励む。そこで2科目だけで合格できる女子大学を選択し勉強に一生懸命励んだそうです。食事以外はもうほとんど勉強漬けの毎日を過ごす。それで見事大学に合格され、大学生となっていきます。
このスイッチがおそらく今に通じる選択と集中経営者として必要な意思決定プロセスを学んでいたと私は感じました。
このプロセスを学べたのもお姉さんのおかげであり、ご家族皆さんの支えがあってのこと、この家族愛が今にも通じる素晴らしいことではないかと思いました。そこがスイッチポイントになっていると思いました。
私が考えるビジネススキル通知表があったとすると
・明るい ・自己肯定感が高い ・運が強いと心底思っている ・コミュニケーション力
・たくさんの応援者を巻き込む ・感謝上手(気持ちの伝播力) ・謙虚 ・恵まれていると思っている
・楽しそう ・感情あふれる ・選択と集中への決断力
上記のような項目の通知表だと満点だったと思います。インタビューを通じて理解しました。
◆大学生になって 行ったこともないフィリピンでファッションショーを
大学に入って水を得た魚のように海外に行く夢を実現するとそこにファッションという自分の今までやりたかったことを掛け合わせていくことに挑戦し活動をすぐに展開し始めます。ストリートスナップで海外の街角で撮った素晴らしいセンスのあるその写真の数々をファッションの雑誌本の形へと展開しようと、クラウドファンディングにチャレンジし、その結果を残そうとするところなんかも大学1年生の時からよくチャレンジされているなと思いました。

15カ国、海外に行く中で行ったこともないフィリピンにピンとくるものがあり、フィリピンで貧困層の子供たちと一緒にファッションショーをやってみたいと、行ったこともない中で感じるようになっていきます。過去に訪問した国々でも、華やかな場所もあれば、相当貧困の地域含もう切ることがないような子供たちが生活しているようなところもたくさん見てきて、いかに自分たちが恵まれているか、格差がたくさんあるのかというところに疑問や、何かできる事は無いのか? 自分の中でできることをやってみたいと芽生えていくのも大学生の早い段階から感じていたそうです。実行力がすごいですね。
直感でフィリピンに行って何もない中で貧困エリアの子供達のファッションショーをやってみたいと突入していくわけなんですが、そこでも西側さんの思いに共感した友達たちが応援をたくさんしてくれることで、チームになっていき、プロジェクトメンバーが自然に広がっていって、大学3年生の時に、フィリピンでファッションショーを現実でやり切ってしまうところ、その突破力が実際に開催までこぎつけるところがプロジェクトリーダーある意味経営者である西側さんの勘所、素晴らしいパワーであると確信した次第です。
こんな大変なことを突き進んでやる中でも、西側さんはいつも楽しそうな雰囲気。ニコニコしながら必死に頑張る。そして、やり切ると展開していくわけですが、大学生である時代には、すでに立派な経営者の側面も持っていたように思います。これだけのことをやりきっていて、そのまま大学を卒業して、社会起業家としてもやっていこうとする選択もあったかもしれませんが、社会人となって仕事をイチ会社員として、地に足つけて仕事をやり切ることも大切だと認識していたそうで即起業するのではなく、一旦会社員になる決意もしていたそうです。
◆社会人の道への選択、会社員生活、西側さんはどんな人だったんでしょうか
大学生の時にNPO法人の代表を既にやっていた西側さんですが、自分の夢を叶えていくためには、やはり社会でどう活躍していくべきかまずは会社で活動できることを自分で立証した上で、NPO法人の代表をまた継続できるように頑張ろうとしていろんな会社を採用面接をにチャレンジしていきます。しかしながら、面接では手ごたえが全くなくまた落ちた、また落ちたと言いつつも、なぜか次のステップに合格して進んでいく不思議な感覚があったそうです。人事部長さんと面接した時も、人事部長さんからこういうふうに面接に対応していったほうがいいよと教えられる位。
私はそんな(人事部長が面接対応の指南をすること)事は無いんじゃないか、ほとんどの学生はそんなこと言ってもらえる事はないと思うのですが、教えてもらえる位コミュニケーション力が高い。そこで難関であるサイバーエージェント社を最終面接で合格し入社が決まります。
この時点で過去の劣等感にさいなまれていた子供時代とは全く違う、自信ある西側さんを感じました。自分は能力的には低いかもしれないけれども、もっと輝く部分があるはずということに自信を持っていたと私は感じていました。そのコミュニケーション力を武器に仕事でできないところ補うために、朝会で司会を意識してやっていたり、地頭レベルでは同期には全く叶わない部分で、その能力差で戦わずにコツコツ頑張る、悲観的にならずに頑張った。自分のできることを一生懸命コツコツやっていた。
ここも選択と集中をきちんとやれていたから、先輩や同期からも可愛がられた。入社して大変なことばかりで、入社当初1年で社会人をやり切ったらやめようと思っていましたが、あまりにも大変すぎてこのままやめたら何の意味もないと思ったそうで、早い段階で2年頑張ろうとサイバーエンジェント社には申し訳ないと思いつつ2年頑張って一定の仕事ができる人間になろうと、意思決定をしていました。

【サイバーエージェント社先輩で紹介者の池上さんと】
2年先に向かい、カウントダウンを早い段階から決めて、会社員時代の短い休みも利用してフィリピンへ行ったりして、周囲の人たちも、西側さんはこういったことを本当にやりたいんだなって言う事は感じるような状況の中でお仕事を頑張っていたそうで退職を決めたときにはみんなが前向きに送り出してくれたそうです。そういう形もあって、西側さんの先輩である池上さんも私に応援を依頼してくれたと思っています。
◆独立起業にあたって 実践力で突き進み周囲を味方に
たいした応援もできていない中で、西側さんが本当に行き詰まっている感覚を感じたときに、表参道のカフェで2人で話しているときの状況は今でも鮮明に覚えています。西側さんは自分の状況を細かくは言いませんでしたが、行き詰まり感が半端じゃないなぁと思ったところほんのわずかですが、私のできる範囲で応援をしたいと申し出たときに涙がこぼれたことを思い出します。本当に頑張っている人でなければあの涙は無いなと今も確信していますし、大変な状況の中でなんとしても、自分はこの事業を継続したいと、ほとんど言葉がない中で私にも伝わってきました。
西側さんがやろうとしているところには、やはり財務面や金融面での応援が必要だと思い、会計士の長谷さんや銀行出身で金融コンサルをしている才田さんを私が紹介して大阪の面白いおっちゃん3人で西側さんの授業を少し支えられるような枠組みを紹介し、今もこのお二人とは定期的に打ち合わせをしたり、決算のお手伝いをしていただくことでバックアップをしてくださっています。この2人とももう5年の付き合いはなっていくと思うのですが、このお二人からも今回はコメントをいただくことにいたしました。最初は会計士の長谷さんから続いて才田さんにコメントをいただきます。
◆大阪のおもろいおっちゃんお二人からのコメントを
◉会計士 長谷さんからのコメント
①西側さんと初めて会ったとき、どんな印象でしたでしょうか?また応援したいなと思うところはどんなところでしたでしょうか?
初めてお会いしたのは杉浦さんからご紹介いただいて、ご挨拶させていただいた時だったと思います。西側さんがサイバーエージェントを退社されて起業した1年後くらいだったと思います。
フィリピンの貧困層の子供たちを巻き込んでアパレル事業をしたい思いを、楽しく嬉しそうにお話しいただいて、こちらもとても楽しく応援したい!と思ったのを覚えております。
歪曲した私の偏見ですが、ソーシャル課題を解決するビジネスを語る人たちは少しお高く見えて、どこか違和感があることが多いのですが、西側さんが語って実際にやっているビジネスは、本当にフィリピンが好きで、そこに住む子供たちも大好きで、それをやっている自分も大好きで、少し話せば裏表が本当にない方ということがよく伝わってきます。ビジネスの内容も応援したい事なのですが、西側さんという人間を応援したくなります。
あと、どんな大物や大会社でも、すぐに電話をしてアポイントを取って、契約してくるところが無限の可能性を感じます!

【大阪の応援団、長谷さん才田さんと】
②応援を始めて思い出に残るエピソード、何でも結構ですので、教えていただけたらと思います。
初めてお会いした時は2020年の秋くらいで、既にコロナの自粛真っ盛りの頃で、フィリピンにも行けず、西側さんは一番悔しい思いをしていた時期だったと思います。
経済的にも精神的にもしんどかったと思いますが、それでもいつお会いしても楽しそうで明るく真っすぐにフィリピンの子供たちとアパレル事業をやりたいという思いを語ってくれます。そんな西側さんを応援したくなる人は少なくなく、阪急百貨店のポップアップに出店することが決まり、お祝いも兼ねて店舗にお伺いすると、どこの店舗よりも多い山ほどの差入れが集まっており、「さすが西側さん!!」といった状態でした。
また、私のように西側さんの推し活をしているおじさんが知り合いにもう一人おり、神戸のポップアップに手土産持ってお伺いすると、たまたま逆方向から同じタイミングでそのおじさんが手土産を持ってやってきたのも良い思い出です。
③西側さんの営利・非営利双方の事業に関して感じるところや思うところ、何でも結構ですので教えていただけると幸いです。
営利事業で成功された方が、成功した資金をもって非営利事業を傍らでされる人はおられると思います。西側さんの場合は、非営利事業(というか、気持ち)があって、営利事業を利用しているような形なので、環境に対する考え方やフィリピン事業に資金と労力を投下するポリシーがあるので、特に軌道に乗るまでは資金的に余裕が出ることはないかもしれません。もしかすると、西側さん自身もどこか不安に思っている点かもしれません。
それでも今のままで、応援したい人たちは確実に増えていっていますし、つながる人たちも大物の方々とつながりご支援いただけるようになってきています。
外側から応援しているよりも、不安や悩みは多いと思いますが、今大事にしていることをブレずに継続して、このまま仲間を増やして、次の世代にも広げていって欲しいなと思っています。
会社やビジネスではなく、西側さん自身をブランディングして、いろいろなメディアから注目されて、ご活躍される日が来ることを陰ながら応援しております!!
◉金融系コンサル 才田さんのコメント
①西側さんと初めて会ったとき、どんな印象でしたでしょうか?また応援したいなと思うところはどんなところでしたでしょうか?
〜もう遡ること5年以上前になります。まだ会社を設立したばかりの頃に出会いました。
学生時代から海外でバックパッカーしたり、ボランティアされてたこともあり、活発な女性だなと思いましたが、それよりも何よりもキラキラと目を輝かせて夢を語る姿が凄く印象的でした。
一方で、内に秘める負けず嫌いな一面も垣間見えて、将来性が豊かだなと思いました。
当時は、まだSDGsの取組自体が世間的にも駆け出しでしたし、西側さんも経営経験がなく、金融知識も乏しかったのですが、フィリピンで学生時代から取組んでいたボランティア事業との融合がどのように進むかという楽しみもあり、私の経験が生きるのであれば是非とも応援したいと思いました。
また、西側さんには、困難を乗り越える気合と根性も備わっていることも後押ししました。

【大阪で忘年会を一緒に】
②応援を始めて思い出に残るエピソード、何でも結構ですので、教えていただけたらと思います。
~沢山あるのですが、一番は全く縁のなかった遠方の企業に対して、テレビか何かで見ただけでインスピレーションを感じたらしく、次の日にはその会社にいきなり電話をかけてアポを取り、すぐに会いに行き、業務提携や商談を成立させたことでした。
下調べもそこそこに、自分の直感だけを信じて、すぐに実行に移す行動力にはかなり驚かされました。
年齢と経験を重ねてしまって、一歩目の踏み出しに時間のかかる私には大変参考になりました。
後は、その行動力を買われてか、マスコミ等からの引き合いも多いことに驚きました。
テレビ、雑誌等あらゆる媒体からも、高い評価を得ていると思います。
③西側さんの営利・非営利双方の事業に関して感じるところや思うところ、何でも結構ですので教えていただけると幸いです。
~まず営利事業のアパレルに関しては、コロナ等の影響もあり創業期にいきなり苦労されましたが、難局を乗り越えて、地道な活動を継続して、大企業との協業も視野に入ってきました。
もう、創業期といえる時期を脱してきましたので、これから成長期に入っていくことと思います。
まだまだ金融経験に関しては苦手意識も残り、更なる経験と勉強が必要となるとは思いますが、持ち前の気合と根性で、貪欲に「ヒト、モノ、カネ、情報」にバランスよく取り組んでいってほしいと思います。そのためのサポートは継続していきたいと思います。
〜非営利事業に関しては、着実に支援の輪が広がってきて認知度も高まりつつあります。
ライフワークとして是非とも継続、拡大していってもらいたいと願っております。
そのためにも、営利事業とのバランスの取り方、人的時間配分などに更なる工夫が必要になってくるかと思います。
ご協力者も沢山いらっしゃるので、ご協力を頂きながら二足の草鞋でも戦えるようにしていってもらいたいと思います。
◆現在の事業について そして未来へ向かって
営利と非営利2つの事業についてもう少しお伝えしておきたいと思います。フィリピンの貧困エリアで無償でファッションショーを行っている。「DEAR ME」の活動はもうすでに11回もファッションショーを開催しているそうで、直近ではそのファッションショーに300名ほどが見に来ると、そのエリアでも恒例の状態になってきているそうです。こちらで動画もお知らせいたします。 2024年ファッションショーの動画

【営利と非営利循環経営を推進しています】
このファッションショーの流れから地元に進出している日本企業からユニホームの制作依頼につながったりしているそうです。これは営利の仕事にもなっていきますし、そこから転じて貧困エリアの女性や子供たちに縫製の仕事を教える教育プログラムにも繋がった活動になっているそうです。この活動が成り立つまでかなりの苦労も多くあったことも事実、しかし持ち前の明るさで踏ん張り続け、現在ではたくさんの企業が応援するような状況にもなってきています。
営利の分野でブランド「coxco」に関しては、もともと残布衣類を使ってそれを蘇らせるファッションを展開してきたりもしていましたが、最近ではフィリピンの若者やお母さんたちがデザインをした自社ブランドも展開し始めています。また、PRのお手伝いブランディングのお手伝い企業PR、マーケティングについても「coxco」で西側さんは対応し始めているそうです。OEMブランドの話も来たり、有名なスーツのアオキ社との連携も始まっていたりします。
そういった取り組みからキャッシュエンジンを大きく動かしてから非営利に活動を向ける場合が多いですが、西側さんの場合は、しんどい状況を続けながらも、非営利と営利を上手に組み合わせて相互に繋ぎ合わせて事業を継続し続けています。また取り組む仲間も増えてきている。これも明るさの中からここに来たと思っております。選択と集中を上手にやってきてられたからこそ、今の西側さんがあると思っています。

◆近未来についても語っていただきました
非営利と営利を同時にセットにしながらも作っていくスキームを、もっとパワフルに、広げていきたいと語ってくださいました。
ここからの10年でフィリピンのみならずいろんな国で展開していきたいと。すでに他の国、アジア各国に行ってみて、その国の情勢もよく見ながら、選択をどうしていくかということを今は考えているそうです。
世界的な広告賞を実は2年前に受賞している、西側さんですが、当時は、ニューヨークの授賞式には行ってなくて、今回頑張ってニューヨークに趣き、有名ブランドへ突破口を見つけようと、飛び込みやコンタクトをたくさんしてこようとしているそうです。またアートの世界とコラボレーションできるように付加価値を積み上げていくような活動もやっていこうとされています。
「coxco Lab」を世界へどんどん広げていき、プラットフォームとしてみんなの夢をみんなで叶えるような仕組みをもっと展開できるようにしていきたいと話してくださいました。西側さんが家族や周囲から受けたたくさんの愛情を世界中に振りまいていくそのような展開を楽しみにしたいと思っています。もう愛情が溢れてますから。。。
足元ではいろんな問題を抱えていたりもしますが、自分の当たり前は他人と違うんだということも認識しながら、自分はとにかく恵まれているそこにこの事業をやっていく大きな信念を持って時間はかかるけれども、世の中に恩返しをどんどんしていきたいとこのように笑顔で語っていただきました。本当に楽しみな楽しみな西側さんです。今回はインタビューをありがとうございました。
◆最後に西側さんにコメントをお願いしました
前職を退職してから起業し、今年で6年目を迎えました。営利事業と非営利活動が循環するスキームは、これまでの社会にはほとんど存在しませんでした。だからこそ、これからの時代にこそ必要だと信じ、この仕組みを事業として形にしたいと思い、起業を決意しました。
当時、知識やビジネス経験も、お金も、人とのつながりも何もない私にあったのは、ただ夢と情熱と気合いだけ。笑 そんな状態で起業した直後にコロナが始まり、共同創業者とは解散。資金もすぐに底をつき、数えきれないほどのハードシングスが待ち受けていました。それでも、何度も踏ん張ることができたのは、いつも支えてくださった皆さまのおかげです。この記事を拝読しながら、これまでお世話になった方々の顔が浮かび、涙がこみ上げました。
起業当初から変わらず応援し続けてくださっている杉浦さん、そして今回コメントをくださった長谷さん、才田さんに、心より感謝申し上げます。記事にもあった通り、杉浦さんと表参道でお会いした頃、私は神戸の実家から片道1,300円の夜行バスで東京に通いながら、何とか事業を軌道に乗せようと必死でした。けれど、全くうまくいかず、途方に暮れていた私に、杉浦さんが手を差し伸べてくださり、長谷先生や才田さんを紹介してくださいました。その時のことを、今でも鮮明に覚えています。
また、銀行との商談や決算の場面でも、才田さんや長谷先生、そして長谷先生の事務所の豊浦さんに多大なるご協力をいただいています。本当にありがとうございます。まだまだ、私が目指す場所には遠く及びませんが、こうして事業を続けられていること、そして今も新たな挑戦ができていることは、すべて周りの皆さまのおかげです。
杉浦さんにご紹介いただいた通り、私は何かに挑戦してすぐに成功したことはほとんどありません。特別に何かに秀でたタイプでもありません。でも、私は絶対に諦めない。どれだけ時間がかかっても、コツコツと積み上げて、必ずこのスキームを形にしていきます。そして、応援してくださっている皆さまや、こんな私と一緒に挑戦してくれている仲間たち、取引先の皆さま、すべての人に「応援して、一緒にやって良かった」そう思っていただける日が来るように頑張ります。そして大好きなファッションを通して、笑顔になる人を増やし、今より少しでもより良い世界を実現すべく、挑戦を続けてまいります。
杉浦さん、改めまして、この度はご紹介いただき本当にありがとうございました。
最後までお読みくださった皆さまにも、感謝申し上げます。
西側さん、これからがますます楽しみです!またご一緒できますように!

【私そっくりなキーホルダーを持つ西側さん】