【今週の自戒】久しぶりに3つの『T』を思い出す。

ー杉浦佳浩

【今週の自戒】久しぶりに3つの『T』を思い出す。


2025年 07月 14日

【今週の自戒】
久しぶりに3つの『T』を思い出す。

人生に絶望なし

先日ある会社の社員の皆さんと
対話の機会をいただいている時、
参加している方から手があり、
質問を受けた時3つの『T』の話を
思い出しました。

その質問は、どんな経験をすれば
人としてビジネスマンとして
立派な人になれるのか?
という質問でありました。

その時に思い出したのが
3つの『T』のお話でした。
会った事はありませんが、
本の中で何度も読み返した
電力の鬼と言われた、
松永安左エ門さんの言葉でありました。

きちんと覚えているわけではありませんが、
誰かが同じような質問を
松永さんにしたときに3つの『T』の話したそうです。

君は
投獄されたことがあるのか?
倒産の経験はあるのか?
大病をしたことがあるのか?
このうち2つ経験してみたら
必ず大成するんだ。
と言い放ったそうです。
投獄・倒産・大病の3つの『T』

なかなか3つともは経験できない、
2つでもなかなか。
確かにこの3つを経験すると
絶望の淵に立つことに
しかし、そこからどう立ち直るか?
立ち直った人は強い。
圧倒的に強い。それも容易に感じました。
一定の理解ができるような気がしていました。

この3つの『T』の言葉を
思い出した後に、

倒産の危機を立派に乗り越えた
経営者のことを思い出しました。
その人は『もう私の人生は絶望です。』
『自分の人生はもう終わりです』
と何度も私に泣きながら電話をしてきた人でした。
その人の話を聞いていて、
この人は自分自身をさらけ出し
素っ裸の気持ちで
私に電話をしてきてくれたと思って、
私も必死に向かいました。
私なりに話を一生懸命しました。

そこから何とか気持ちを取り戻し、
絶望から這い上がろうと踏み留まり、
もう一度自分の足元を照らし
一歩一歩踏み出すことを
決意したくれました。

毎月1度ぐらい
電話で少し話をする位でしたが、
どんどん気持ちが前向きになっていき、
周囲の仲間も後押ししてくれる人も
たくさん出てきて、おおよそ半年が
経過した頃には自分の絶望の縁は
だいぶ遠のき笑顔で話せるようになっていきました。

今朝の写真で3つの『T』を思い返し、
松永さんのことを思い出し、
さらに絶望の淵から這い上がった経営者のこと
いくつかの点が繋がり、
人生に絶望なし を心に刻んで
自分もまた前を向いて頑張ろうと思います。
今週もよろしくお願い申し上げます。

【一度も苦労したことがない】
萩本欽一氏の心に響く言葉より…

一回、インタビューで訊かれたことがあるの。
「萩本さんに、苦労した話を訊こうとすると、『ないです』と返ってくる。
他の記事を見ても、『苦労した』とは書いてない。
でも子どもの頃の話や売れるまでの話を聞くと、大分苦労してますよね。
なのにどうして、苦労したって思わないんですか?」

ぼくは、子どもの頃に十六年間貧乏をして、コメディアンになってからも有名になるまで十年かかった。
確かにいろんなことがあったけど、本人はそんなに辛いと思ってないんです。
他の人には辛そうに見えることを、ぼくはどうして辛いと思わないのか。
それが不思議だったみたい。

多分、最初から人生との付き合い方がうまかったんですね。
何もわからない頃からきっと、「人生は来る」だって、感じてたような気がする。
だから辛いことや悲しいことは、うまくよけて生きてきた。
よけ方もうまかったんでしょうね。

「こんなにひどいことが来たってことは、何か いいことがある前兆かな」とか「大変だけど、ここをもうちょっと頑張れば、なんか楽しいことが来るぞ」 と思ってたから。
嫌なことや苦しいことが来るたびに、「あ、また一個運がたまった」って。
そう思ってると、絶望的になったり悲観的になるどころか、未来が楽しみになるんですよ。

わざわざ苦しいことを、求めていたようなところもあるの。
皿洗いのバイトだって、春や夏じゃなくて、寒い冬にだけやっていた。
辛いことを避けるんじゃなくて、辛い ことを進んでやった方が、あとからいいことがたくさん来ると思ってたんです。

自分はいつか必ず有名人になる、と信じていたからいつか伝記や自伝を、出版する時にちょうどいいエピソードになるんじゃないか、と考えてもいた。
だからぼやいたり愚痴ったりもしなかったですよ。
そんなことをしたら、せっかくたまった運がチャラになりそうでね。
そんなふうに思ってきたから、嫌なことが嫌にならなかったし、辛いことを辛いと感じなかったんでしょう。

振り返ると、ぼくの人生には楽しいことばっかり来てた。
人生が運を育ててきた気がします。

『人生後半戦、これでいいの』ポプラ新書

萩本欽一氏は「人生は来る」もの、だという。

『「人生は来る」と考えると楽しそうじゃない?
正面からプレゼントがこっちに向かってやってくるような感じがしない?
プレゼントの中味は、楽しいことだけとは限らないかもしれないけど、何かが来るんだ、と思っていれば、ちょっとした心の準備ができそうだよね。
「人生には辛いことも来る」と聞いたら、その辛さは自分だけじゃなくみんなにも同じように来るんだな、と思えて、ちょっと気が楽にならない?
それにうまくよけることだって、時には打ち返すことだって、できるような気がしてくるでしょ。』

「人生は、向こうから勝手にやってくる」、と思うのか「人生は引き寄せるもの」と思うのかで、人の生き方は大きく違ってくる。
人生は引き寄せるものだと思っていると、うまくいかないときは、努力が足りない、もっと頑張らなくては、とテンションが下がる。
しかし、人生は向こうから勝手にやってくるものだと思うなら、それに対して、「おお、そうきましたか」と「じゃあ、こんなことをやってみるか」と人生を楽しむこともできる。

厳しいボールが投げられたら、「じゃあ、笑ってみよう」と神様の意表をつくようなこともできる。
ダメになった時ほど、「感謝してみよう」とか、「粋な言葉を返してみよう」と、神様をニヤッとさせることもできる。

そもそも、「今まで、自分はすごく苦労してきた」なんて言う人は、カッコ悪い。
「今まで、一度も苦労したことがない」と、粋な言葉を発することができる人でありたい。

上記の【一度も苦労したことがない】については人の心に灯をともすより引用しています。