【今週の自戒】91歳の経営者から心の若さを学ぶ
2026年 10月 26日

【今週の自戒】
ちょっと会って欲しい、そしてその会社の
事業を引き継いでくれそうな経営者を探して欲しい。次に出てきたのが
その方、経営者の年齢が91歳
結構気が重い。
あまりお会いしたいと思えず。。。
だらだら長時間のお話が続くのか?
面談の応接に入っても期待値は低いまま。
しかし、名刺交換をして数分で、状況は一変
話に引き込まれている自分に気付く。
自己紹介、会社概要の説明に15分程度
興味のポイントもクッキリ
素晴らしい説明でした。
そこから30分程度の対話のラリー
要点がわかりやすく、
ネクストステップの日程調整も
終わってました。
70歳になるまでは、企業人として
SONYの常務さんだった郡山さん。
新規事業をたくさん立ち上げてこられた
手腕と結果 発想の柔軟性も
90歳過ぎてもキラキラして。
91歳までまだ28年もある自分
いかにレベルが低いかと
小さくなりました。
70歳で起業し、現在も毎日仕事して
楽しくて仕方がないとのこと
シニアフレッシュマンの名付け親でもあり
自分自身が常にフレッシュマン
70歳に新卒入社の若者と一緒に
そのやる気度の素晴らしさ。ロールモデルがまた一人増えました。
シニアフレッシュマンとして
頑張ります。
心の若さの大切さを教えてくださった
郡山さんに感謝を込めて。
今週もよろしくお願い申し上げます。
立命館アジア太平洋大学学長、出口治明(はるあき)氏の心に響く言葉より…「人間死ぬまでは、幸運な人とは呼んでも幸福な人と申すのは差し控えねばなりません」(ヘロドトス『歴史』)
紀元前6世紀ごろの話です。
アテネの政治改革者として知られたソロン(財産の大小で市民の権利義務を定める財産政治を実施)が、リディアの王様、クロイソスを訪ねます。
当時、クロイソスは、ギリシア人の都市を次々と服属させて領土を広げ、莫大な富を手に入れていました。
「我こそが世界でもっとも幸福な人間」だと思っていたことでしょう(ちなみに、リディアは世界ではじめて金属貨幣を鋳造した国です)。
その彼が、ソロンに尋ねます。
「あなたが会った人の中で、もっとも幸福な人は誰か?」
もちろん彼の期待した答えは、「あなたです」。
ところが、ソロンはそうは答えませんでした。
彼が「幸福な人」として挙げたのは、1番目がテロス、2番目がクレオビスとビトンの兄弟。
理由は、「見事な死に方をした人たちだから」でした。
この答えに、クロイソスは大いに不満を感じます。
誰よりも金持ちで、有名な自分が、名もない、富もない人たちよりも幸福度で劣るとされたわけですから。
そこでソロンにしつこく尋ねます。
「私自身の幸せはなんの価値もないと思われたのか」
それに対するソロンの答えはこうです。
人間の一生は1日として同じことが起こることはなく、その生涯はすべて偶然である。
今、運に恵まれているからといって、それが一生続くとは限らない。
なので、その人が幸せだったかどうかは、その終わり方を見るまでわからない。
だからこそ、人間死ぬまでは、「幸運な人」とは呼んでも、「幸福な人」と呼ぶのは差し控えなければならない、と。
クロイソスは現状では「幸運な人」かもしれませんが、「幸福な人」とは言えないというのです。
そして、「幸福な人」とは、ソロンいわく「見事な死に方をした人」なのです。
実際、その後のクロイソスは、幸運から見放されます。
愛息を失い、さらにはペルシアとの戦いに敗れ、国を失ってしまうのです。
そして、焚刑(ふんけい)に処せられようとするまさにそのとき、かつてソロンが彼に語った「死ぬ瞬間まで、何人も幸福であるとは言えない」という言葉の意味をついに納得するのです。
これは、古代ギリシアの歴史家・ヘロドトス(紀元前484~?)の記した『歴史』に出てくる話です。
ソロンとクロイソスのやり取りは、「幸福問答」として知られています。
『人生の教養が身につく名言集』知的生き方文庫
《人を看(み)るには、ただ後(のち)の半截(はんせつ)を看よ》(菜根譚)
という言葉がある。
人生を評価するには、後半の生きざまを見よ、ということ。
人生の前半にいくら立身出世をしたり、功成り名を遂げても、後半生で自己実現を果たさなかったら、それは成功者とはいえない。
それは、会社にいる現役時代に、どんなに活躍し、地位や名誉を獲得したとしても、定年後、人から必要とされず、何もすることがなく、テレビばかり見ていたら、それは失敗の人生だ、ということになる。
反対に、現役時代はあまりうだつがあがらず、目だった活躍もしなかったが、定年後は、まわりから必要とされ、あっちこっちからお呼びがかかり、水を得た魚のように、いきいきとして活躍している人もいる。
人生は、「終わりよければすべてよし」だと言われる。
シェイクスピアの戯曲の中にも出てくる名言だ。
マザーテレサは、「死を待つ人の家」を開設し、行き倒れの人や、道端で倒れている瀕死の病人を見つけると、ここに連れてきた。
マザーは、「たとえ、人生の99%が不幸であったとしても、最後の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる」と語り、最後の瞬間を安らいだ気持ちで過ごしてもらうよう手厚く介護した。
そして、ほとんどの人が、息を引き取るとき、「ありがとう」と言って亡くなったそうだ。
「前半生ではなく、後半生を見よ」という言葉を胸に刻みたい。