【今週の自戒】誰と一緒か。人生で一番大切なこと

ー杉浦佳浩

【今週の自戒】誰と一緒か。人生で一番大切なこと


2026年 08月 10日


【今週の自戒】
誰と一緒か。人生で一番大切なこと

20年以上付き合いのある経営者
その会社の幹部は創業当初から
ほぼ変わっていない。

なんなら数名は社長と大学時代から。
その社長Aさん、とにかく役職員を
大切にし続けている。

幹部のほとんどが、
Aさんの自宅の近所に住んでいる

Aさんは経営の師匠として
著名な経営者であり
裸一貫から会社経営を
やり遂げたBさんからも
可愛がられている。
なんなら家族ぐるみで
仲良くしている。

私が出会った時はまだ20代
ノリと勢いで会社経営を
やっていた。
歩合比率の高い給与制度、
あるとき経営が傾いた時
80%近い人が会社を去った。

でも幹部は一人も辞めなかった。
そこが強い、この人はまた
復活する。と確信して。

その後事業モデルを変化させ
売上も10倍程度に成長
実績も申し分ない。

では幹部人材は元々優秀だったか?
社長も経営のプロだったか?
答えはNo
変化を恐れずに、仲良しメンバー
楽しい、善き人々が頑張った
その努力の変遷を近くで
見守ってきました。

人生の修行で大切なこと
誰と一緒か。
このAさんを見ているだけで
誰と付き合うか、
その大切さが理解できます。

誰と一緒か?
その問いに明快に答えられる人生を
今週もよろしくお願い申し上げます。

【善き人と交わろう】
北川八郎氏の心に響く言葉より…

『釈尊はいわれる
毒を塗られた矢は、箭筒(やづつ)の中にある、毒を塗られていない矢をも汚す。
悪に汚れることを恐れて、悪人を友とするなかれ。
どのような友をつくろうと、やがて人はその友のような人になる。
だから、悪い友と交わるな。
卑しい人と交わるな。
善い人と交われ。
尊い人と交われ。』

人は失意と不遇の中にある時、どんな人と交わるかで、その人の人格や運が見えてくる。
またその人が順調な時、その人の周りの人でその人の運の先が見えてくる。
友はその人の心のレベルとめざすものに呼応して変わってくる。
人は同じ目つきの仲間と同じ服装の友と、輪をつくる。
良き友は、生きる上で最も大切なことの一つである。

次に、心を澄ませ、尊敬する人をつくるといい。
三人、尊敬する人を持つと、いつしか、その心と行いが自分の身に沁み入り、自分も尊敬される側に立っているだろう。
だから周りの人々に、自分に対する尊敬を求めなくていい。
ひたすら、快におぼれず、怒りなく、友のよろこびを祝ってあげられる人となれ。

両親を大事にする人となれ。
人にやさしくあれ。
老人にやさしくあれ。
弱い人を助けよ。

怒りのまま人生を送るなかれ……。
良き友を持て、良き友は宝である。
不正と利を追う狩人になるなかれ。
狩人はやがて自分が狩られる人になってしまうからだ。
これは法則なのだ。

アリストテレスはいう。「友人は第二の自分である」。
今つき合っている友を、少し離れて眺めてみるがいい。
その姿が、あなたなのです。
善き人からは、善きエネルギーがもらえその人は栄える。
悪しき友からは悪しきエネルギーをもらってしまう。

それで人を害し、その矢が自分に返ってきて自分の魂を傷つけ、やがて、自分のしたことに自分で苦しむようになってゆく。
心して、善き友を選べ……。
心して選べ。

善き友がいない時は独りで、本を読み、善き年上の人と語り、善意の輪の中に入ってゆくがいい。
きっとオーラが澄んでくる。
今の悪しき運も必ず向上してゆくだろう。

善い人と交われ。
思わぬ福が生じてあなたの人生が楽しくなるだろう。
尊い人と交われ。
あなたの人格と才能が輝き始め不安がなくなるだろう。

『あなたを苦から救う お釈迦さまのことば』高木書房

お釈迦さまの十大弟子の一人である、アーナンダがあるとき、お釈迦さまにこう尋ねたそうです。
「ともに仏の道を歩む善き友がいるということは、修行の半ばを達成したと思うのですが、如何でしょうか」
するとお釈迦さまは、こう答えたそうです。
「善き友、善き仲間がいるということは、修行の半ばではなく、修行のすべてなのだよ」

つまり、「誰と一緒に行くか」ということこそが、人生で一番大事なこと。
人生の旅においては、「どこへ行くか」よりも、「そこで何をするか」よりも大事だというのです。
逆にいうなら、一緒に行く人が善き仲間なら、どこへ行っても、何をしても(何もしなくても)、楽しいということです。

また、お釈迦さまは「尊敬」についてこう語っています。
『頭髪が白くなったからとて、尊敬できる長老ではない。
ただのむなしい老いぼれである。
真理あり、他者の害にならず、自ら清め、慈しみあって、そうしてはじめて、彼は心の垢を取り除いた賢者となり、年長者として尊敬される。』

年を重ねても、勉強してこなかった人は、ただのむなしい老人に過ぎない。
いくつになっても、自らを高め、魂を磨き続ける人こそ、真に尊敬に値(あたい)する人です。

尊敬する師を持ち…
常に、善き人と交わうことができる人でありたいと思います。

上記の【善き人と交わろう】については人の心に灯をともすより引用しています。