第138回ご縁結びのコーナー 株式会社アースキー 林 晋之介さん 〜スタートアップへの情熱と「素直さ」が紡ぐ、未来への懸け橋〜
2026年 07月 09日
株式会社アースキーのHPはこちら: https://earthkey.co.jp/
今回ご紹介するのは、スタートアップと大手企業を繋ぎ、日本のオープンイノベーションを最前線で牽引している株式会社アースキーの代表取締役、林 晋之介さんです。
林さんとお会いして感じるのは、その突き抜けた「爽やかさ」と、起業家たちへの深い「愛情」です。毎週欠かさずピッチイベントを開催し、これまでに1,200社以上のスタートアップを支援してきたその背中には、彼が人生を通じて培ってきた「素直さ」と「やりきる力」が満ち溢れています。詳細を聞けば聞くほどに、こんなに泥臭いこと、現場感溢れることを地道にコツコツやり続けていて、関わる会社、人から信頼をえていることです。私もその1人です。
20代半ばから社長をやり抜き、若きリーダーとして、なぜこれほどまでに人を惹きつけ、事業を継続できているのか。その原点から、彼が描く「地方創生」の未来まで、たっぷりとお話を伺いました。

【最近の林さん】
◆林さんとの出会いについて
林さんとはかれこれ10年ほどのお付き合い。ビジネスの世界に飛び込んで、社会人デビューをしてすぐの頃。この時は前代表からの紹介で、インターンから頑張っている若い人がいるな!って感じでした。2015年10月ごろにアースキーの創業メンバーとして4年が経過した2019年、前代表が新たな道を選択し、26歳になっていた林さんが代表取締役に就任、そこから今に至るご活躍。就任当初からことあるごとに律儀に連絡をいただき、お茶を飲みながら私の放談に付き合ってもらえています。その時も素敵な笑顔で『杉浦さん!面白いですね!ちょっとチャレンジしてみます!』と元気にそして行動する姿を都度、見せてもらっています。

◆ 幼少期の挫折から学んだ「素直さ」という一生の財産
林晋之介さんの人生ストーリーを紐解く上で欠かせないのが、少年時代に打ち込んだ野球の経験です 。
1993年、大阪市港区で生まれた林さんは、3歳の時に両親の地元である兵庫県姫路市へ移りました 。活発な少年だった彼が小学5年生で野球を始めたきっかけは、「悔しさ」でした。子供会のソフトボール大会で活躍できず、両親に良いところを見せられなかったことがたまらなく悔しく、自ら志願して厳しい強豪チームの門を叩いたのです 。
しかし、入団したチームは想像を超えるレベルの高さ。林さんはそこで自身のセンスのなさを痛感します。それでも彼は腐ることなく、「自分にできることは何か」を問い続け、泥臭く練習をやり抜きました 。
その姿勢を象徴するのが、卒業時にコーチから贈られた言葉です。「林の強みは、言われたことを素直に受け止めて実践することだ」 。
この「素直さ」というキーワードには、もう一つの原体験があります。
小学低学年の頃、通信教育の教材でカンニングをしてしまい、それを嘘で塗り固めようとした際、両親から厳しく叱責されました。「嘘をつけば誰も味方になってくれない。素直さが一番大切だ」と諭された経験が、彼の「やりきる気持ち」や「協調性」の基礎となりました 。
大人になってもこの姿勢を持ち続けたい。その純粋な思いが、今の彼の誠実な仕事ぶりに直結しているのだと、インタビューを通じて強く感じました。
◆ 大学時代の熱狂と、運命を変えた「大竹氏」との出会い
高校野球でキャプテンを務め、「全員で一緒にやっていこう」というチーム運営の妙を学んだ林さん チームマネジメント、活性化する、目標達成のために腐心するリーダーだったから、キャプテンを任されていたそうです。常にレギュラーだったわけではなく、ベンチにいながらも腐ることなくチームをまとめあげて、マネジメントの極意を身につけてチームを引っ張っていたことは今の仕事にも多いに意味ある経験だったと感じました。このキャプテンでの実績に、監督、コーチから素晴らしいチームだったと評価されていたそうです。
野球少年から、次のステップ、大学進学後にさらなるターニングポイントを迎えます。
それは「学生団体」への没入でした。企業と学生のマッチングイベントを運営する団体で、林さんは持ち前の行動力を発揮します 。2回目のイベントでは集客部門でトップの成績を収め、広報部長、副代表へと登り詰めました 。
この活動を通じて出会ったのが、後にアースキーの創業メンバーとなり、現在も取締役を務める大竹靖直氏です 。
就職活動では複数の内定を得ていた林さんでしたが、本当に働きたいのは「どんな人がどんな状態になったら嬉しいのか」を追求できる場所でした 。その価値観に合致したのが、大竹氏が代表を務める株式会社すなおやへの入社でした 。
大竹氏からは、「新卒は採用していないが、中国で面談するなら考える」という破天荒な条件を出されましたが、林さんは二つ返事で中国へ飛びます 。この「迷ったら即行動」という決断力こそが、彼を起業家としての道へと押し上げました。この行動力、決断力を認められて入社も認められて今があります。
◆ アースキー創業:1日100件のメールから始まった「泥臭い」挑戦
2015年10月、林さんはアースキーの創業メンバーとして参画します 。
当初の構想は、中小企業向けのWebマッチングプラットフォームでした。最初の1年間は、システム開発を進めながら、前代表と2人で1日100件ものメールを送り続ける地道な顧客開拓の日々 。
しかし、実際に反応があったのは、中小企業ではなく、独自の技術や強い想いを持つ「スタートアップ」たちでした 。
「彼らの持つ技術や情熱こそが、社会を大きく変える」
そう確信した林さんは、事業をスタートアップ支援へと大きく舵を切ります 。
サイト上でのマッチングに限界を感じた林さんは、2018年10月、リアルの場での熱量を届けるため「ピッチイベント」を開始しました 。これが現在、毎週水曜日に開催され続けている「earthkey pitch」の始まりです 。
林さんと話していて、泥臭いだけでは何かを感じ取っていたのですが、今回、インタビューの深掘りをしてみました。なるほど!と理解できたのは、2足の草鞋を履いていたこと。それは、親会社の事業であるコンサルティングサポートを行っており、リクルート社の業務委託の仕事を20代前半で経験、まさに外部でありながらも、リクルートイズムを体感する立ち位置にいたことから、ビジネスマンとしての修行経験、ハードワーク、価値ある経験の宝の山の中で過ごしてきたことも大きな要素であったと思います。
◆ 代表就任とコロナ禍:逆境を「信頼」へと変えた継続の力
2019年12月、林さんは前代表からバトンを引き継ぎ、26歳の若さで代表取締役に就任しました 。
就任直後、世界を襲ったのがコロナ禍です。対面でのイベントが不可能になる中、林さんの判断は迅速でした。即座にピッチイベントを完全オンライン化し、開催頻度を月1回から月2回、そして毎週開催へと増やしていったのです 。
「誰もが足を止める時に、やり続けることこそが信頼に繋がる」
その信念通り、オンライン化によって場所の制約がなくなり、登壇希望のスタートアップは2ヶ月待ちという盛況ぶりを見せます。現在までに登壇したスタートアップは1,200社を超え 、日本最大級のピッチプラットフォームへと成長を遂げました。
◆ 「おせっかい」という名の究極の伴走支援
アースキーが提供する価値は、単なる「場所の提供」に留まりません。
林さんが大切にしているのは、「おせっかい」型支援です 。
多くのマッチングサービスが「繋いで終わり」になりがちな中、アースキーは専任担当(林さん自らが先頭に立つことも多いです)が月3社の協業アイデアレポートを作成し、面談への同席からPoC(実証実験)、さらにはサービス化まで継続的に関与します 。
「スタートアップの成長に繋がる機会を提供し、経済発展に貢献する」 このミッションを具現化するために、大手企業の課題をヒアリングし、1,200社を超える「顔の見えるネットワーク」から最適なスタートアップを目利きする 。このアナログで泥臭い「関係性ベースの探索力」こそが、アースキーの最大の差別化ポイントです 。

また、大手企業向けにカスタマイズされた「earthkey 出張 pitch」では、三菱電機やあいおいニッセイ同和損保、北陸電力送配電といった名だたる企業への導入実績を誇り、社内のオープンイノベーション文化の醸成に大きく寄与しています 。
◆2026年2月私の誘いで勉強会に登壇 驚きの連続

私が毎月のように都内で開催している勉強会に講師をお願いしたのが、2026年2月。その時のテーマが【スタートアップ20連発!〜アースキー林さんによる面白企業の事例勉強会!】でした。20連発、20社以上の会社事業について林さんが語ってくださった時の衝撃は、私自身がまず1社のみしか知らなかったということ。当日会場にご参加の皆さんに私から『20社中10社以上ご存じだった方は?』と問いかけるとお一人のみでした。スタートアップに興味関心、実際に仕事をされている方もご参加でしたが、林さんが繰り出す起業家話にほとんどの人が知らないこと、今後の日本にとって面白い、役に立つ、成長性を感じる会社ばかりでした。この現場感覚を持ち、圧倒的な数を追い求めているからこその成果がでていると感じました。スタートアップをこれほど知っているのもそこから売り上げを追い求めていないからネットワークを構築されていることも事実だと思いました。

◆ 故郷・姫路から日本を元気に:地方創生への熱い想い
林さんとのインタビューの中で、特に熱を帯びたのが「地元への貢献」についてでした。
1993年に大阪で生まれ、3歳から大学卒業までを過ごした姫路市 。林さんは、自身の原点であるこの街から、新たな起業家を輩出したいという強い夢を持っています 。
「姫路にスタートアップ支援の拠点を創りたい。ゼロから事業を立ち上げた人や、二代目、三代目の若手経営者が集い、切磋琢磨できる『場』を形にしたい」
地方には、まだ見ぬ素晴らしい技術や「眠れる宝」がたくさんあります。都心のスタートアップだけでなく、地方の企業とスタートアップのマッチングを推進することで、日本社会全体に大きなインパクトを与えたい 。そのための「官民連携」の動きも、すでに加速させています。
◆ 杉浦が見た「林 晋之介」の真価
今回のインタビューを通じて、私は林さんのご両親が注いできた深い愛情を感じずにはいられませんでした。その愛情が、若い起業家への「おせっかい」という形の情熱に変わり、さらにその輪が大企業や自治体へと広がっている。これこそが、アースキーという事業が力強く継続している源泉なのだと確信しました 。
林さんは言います。「数年先には、自分が関わったからこそこの事業が生まれた、と言われるような取り組みを世の中に広げていきたい」 。
彼は、かつての少年野球の時のように、自分にできることを探し続け、素直に、そして誠実にバットを振り続けています。その一振りが、日本の未来を明るく照らすホームランになると、私は信じて疑いません。
◉株式会社アースキー 代表取締役 林 晋之介(はやし しんのすけ)氏 プロフィール
1993年生まれ、兵庫県姫路市出身。2016年、アースキー創業メンバーとして参画。2019年、代表取締役に就任 。毎週開催の「earthkey pitch」を軸に、1,200社以上のスタートアップ支援実績を持つ 。趣味は野球とサウナ。座右の銘は「素直さ」。
「スタートアップの成長に繋がる機会を提供し、経済発展に貢献する」をミッションに掲げる、オープンイノベーション支援企業 。独自データベース「Ember」やピッチイベントを通じて、大手企業とスタートアップの共創を支援している 。
◉杉浦佳浩の「ここが推し!」
林さんの素晴らしさは、その「継続力」にあります。コロナ禍という未曾有の事態でも、毎週のピッチを一度も止めなかった。その積み重ねが、今の1,200社という圧倒的なネットワークを生んでいます。若くしてこれほどの信頼を築けるのは、彼が誰よりも「起業家のファン」だから。彼の爽やかな笑顔の裏にある、燃え盛るような情熱をぜひ体感してほしいです。
◆ 林 晋之介さんからコメントをいただきました
初めまして!株式会社アースキーの林晋之介と申します。このような機会を作っていただきました杉浦さん、ありがとうございます。なかなか自分の話をすることが苦手でしたが、棚卸しすることができて大変嬉しいです。
杉浦さんとはお会いしてから10年以上のお付き合いになります。少しだけ私の話をすると、野球、学生団体、仕事と自分が苦しいことは乗り越えられるし、経営も大変な時も嬉しい時もあるけどなんとかなります。でも1番悩むのは人間関係だなと振り返って感じました。一瞬の感情による行動や辞め際の対応などで信頼関係が崩れることもあります。経営をする者として常にCool Head, but Warm Heartが大事だと感じています。
これまでに杉浦さんには本当にたくさんの方をご紹介いただきました。コロナ前にご紹介いただいた方と今でもずっとコミュニケーションを取らせていただいている方やイベントをご一緒させていただいてる方など繋いでいただいた縁を継続、拡げていけているかなと感じています。杉浦さんに繋いでいただいたとある方と「なぜ杉浦さんに繋いでいただいたら話が早く進むんだろうね?」と話をしていまして、でた結論が2つありました。1つ目は、”杉浦さんに繋いでいただいた”という安心感です。杉浦さんのご紹介だから変な先入観を持たずに話ができます。次に上司や周りを巻き込む際に「杉浦さんに紹介してもらった人だから」という交通手形的なものになっているという点です。
まさにスタートアップと大手企業を繋ぐ中で私も杉浦さんのような人になりたいと強く考えています。まだまだ未熟者ですが、ご縁を繋ぎながらスタートアップ、大手企業の新規事業の成長に貢献し、地元から志を持って起業する人を増やせる取り組みに繋げていけるように日々精進してまいります。
最後に私が高校野球でキャプテンをしている時にどんなにしんどいことや辛いことがあっても、この姿勢でチームを引っ張ろうと決めて、グローブにも刺繍した言葉を、結びにさせていただきます。
笑顔が1番!
杉浦さん貴重な機会をいただきましてありがとうございました! 林 晋之介

【アースキー役員、林さん、大竹さん、山田さん2026年6月】