【今週の自戒】 あなたのことが誇らしいと伝えるために

ー杉浦佳浩

【今週の自戒】 あなたのことが誇らしいと伝えるために


2026年 02月 09日

【今週の自戒】
あなたのことが誇らしいと伝えるために

先週3日にわたって徳之島に
訪問させていただきました。
2年ぶりの訪問。全く景色は変わらず。
そして人との交わりぬくもり、
こちらも全く前回同様変わりもせず、
心の通う時間を過ごさせていただきました。

世の中の流れが早すぎ、
特に答えを求めていたわけではありませんが、
徳之島の皆さんが大切にしていることが
近未来にもっと必要なことになっていくように感じました。

本日の写真の言葉、
人間は、人生の原始を見失うと迷い苦しむ、
人生の原始とは根本的なこと、

この問いへの私なりの答えは、
日々、常に、有り難うございます。
の気持ちを持つこと、
感謝の気持ちがあるのかどうか、

そこがスタートラインだと。
人生を見失う、迷いや苦しむことがある。

感謝の気持ちがあれば、
双方無いのではないかと思い至りました。

人は、1人では生きていけないのは当たり前であり、
目の前にいる人との関わりがあるからこそ感謝もできる。

つながりの始まりが
感謝での始まりでもあるそう思いました。

私たちは、「受容」からすべてが始まります。
自分の意思でこの世に生まれてきたわけではありません。
命も、呼吸する空気も、肉体も、すべては
「与えられたもの」から始まっています。

この「与えられている」
という事実に気づくことが感謝であり、
それが人生のスタートライン(原始)である
という考え方で良いのでは無いかと思いました。

人間は一人では生きられない動物。
他者との繋がりの種である感謝という感情は、
自分以外の存在を認め、肯定する行為。

人生を「社会的な営み」として定義するからこそ、
感謝こそが人間関係の最小単位であり、
原始的なエネルギーだと言えると思います。

純粋に「今、ここにある」ことを喜ぶ状態が
「足るを知る」という原点、
それは赤ん坊が抱っこされて安心しているような、
原始的な幸福感に近いものだと思います。

良いことがあったから
感謝する(=反応)と考えるのではなく、

「まず感謝から世界を見る(=前提)」と
決めてしまうことを、
ご機嫌で、充足感に満ちた人生となると思います。

徳之島の島言葉には、
古い大和言葉も残っているそうです。
歴史の大切さにも想いを馳せながら、

有り難うございます。を徳之島では

【おぼらだれん】と話すそうです。
あなたが誇らしいという語源から、近しいあなた、仲間であるあなたが、
私にとって誇らしいこと。
それが有り難うございます。
何度噛み締めても素晴らしい。これからは、有り難うございます。
と目の前の方に伝えつつ、
心の中で大声でおぼらだれんと
発したいと思います。

【感謝される存在】
小林正観さんの心に響く言葉より…

人を元気にさせるものを「エネルギー」と呼びます。
生きる気力を沸き立たせてくれるものです。
何がエネルギーになるかは人によって違います。

「温かさ」の人もいれば、「思いやり」の人もいる。
「愛情」や「優しさ」、「笑顔」、「お金」という人もいるでしょう。

その「エネルギー」とされるものの中で、人間を奮い立たせ、元気にさせてくれる宇宙最大のエネルギーは「喜ばれる存在になる」こと。
つまり、「感謝される」こと。
「感謝される」とすごく嬉しくて、生きるエネルギーが持続します。

では、「感謝される」ためにはどうしたらいいのか。
それは、まず自分が感謝すること。
自分が感謝をすると、いつの間にか自分が感謝される人間になる。
感謝をしていると、感謝される人間になる、投げかければ返ってくる、しかも倍になって返ってくる、これが宇宙の法則。

つまり、「喜ばれる存在」になるということは、実は自分がまわりの人に感謝をすることです。
「感謝をする」と、ほかのどんなエネルギーを与えられるよりも、生きる気力が持続します。
しかも、このエネルギーは、ほかのエネルギーも連れてきてくれる。

温かさも、優しさも、笑顔も、お金も、すべて一緒に連れてきてくれます。
そして、この「感謝をする」という行為は、私たち人間に与えられたただ一つの「権利」。

感謝をしてもいいけれど、しなくてもいい。
自分で選択できます。
ただ、「人」だけに唯一与えられた「権利」なのだから、使いこなさないと損かもしれません。

『悟りは3秒あればいい』大和書房

小林正観さんは著書「豊かな心で豊かな暮らし/廣済堂文庫」の中でこう語っている。
「投げかけたものが返ってきます。
投げかけないものは返らないのです。
楽しい話に囲まれたい、楽しい人に囲まれたいと思いながら、自分が不機嫌でいたのでは、それはかないません。
楽しい日々を送りたいのであれば、自分から発するものが常に楽しいものであるほうがいいのです。
楽しい話を発振すれば発振するほど、自分のところに返ってきます。」

親や先生、先輩、上司、商店主、経営者というようなお手本とならなければならない人が、楽しそうに生き生きとして生きていなければ、子どもや生徒、部下たちは、親や先生や先輩たちのようになりたいとか、あとを継ぎたいとは思わない。
「つまらない」「不機嫌」「イヤでしかたない」という波動を発振しつづければ、子どもや生徒、部下たちは、親や先輩を、お手本にしよう、あんなふうになりたい、と思う人はいない。

世の中のことはすべて、こちらが投げかけたものが返ってくる。
つまり、現在自分に起こっていることは、いいことであれ、悪いことであり、自分がかつて投げかけたものが返ってきているだけ。

「投げかけたものが返ってくる」
感謝をすれば、感謝が返ってくる。

感謝される存在でありたい。

上記の【感謝される存在】については人の心に灯をともすより引用しています。