【今週の自戒】 自分が正しいより、自分は楽しいでいいと思う。
2026年 06月 29日

自分が正しいより、自分は楽しいでいいと思う。
会社員時代の夢を見た。
それもリアルに経験したことが
夢の中で映像が流れていた
社外の人が、怒っている場面
・Aという部署の人 私は間違っていません
・Bという部署の人 私は間違っていません
・Cという部署の人 私は間違っていません
みんな間違っていないという
しかし、社外の人は怒っている、間違っている
と言っている
内向きな会社組織だったのか
社外の人の感覚を持ち合わせない
そんな感じ。
どの部署の人も、口がへの字に
自分は正しい、その繰り返し
今日の写真の言葉、
『他人を理解するのが難しくなる』
置き去りにしている人の存在を
見ようとしなかった。こんな夢というか、昔の嫌な思い出を
思い出していた頃に
ある経営者のインタビューで
その人が大手企業でマネジメント層だった
仮にDさんと呼ぶことにし、
同じフロアの隣にはEさんが
職種も同じ、目標とする内容も同じ
Eさんはとにかくマイクロマネジメント
自分のやり方以外は部下には許さない
まさに自分が正しいというタイプ
Dさんは真逆の仕事を楽しめる
チームづくりをやっていた、
自分は楽しい、仕事は楽しい
それがDさんのマネジメントタイプ
リーマンショックの時に
Eさんは成績を維持
Dさんは成績が急降下
そこからDさんは退職し起業へ。
紆余曲折あり、
Dさんはそのスタイルを変えずに
楽しいを主体にビジネスで
ご活躍されています。
私も楽しいを主体に
日々を過ごしていこうと思います。
周囲の人と楽しいが伝播し
理解し合える仲間と共に
今週も過ごしたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。
小林正観さんの心に響く言葉より…ある方が、
「私の友人がついこの間、がんで死にました。
その人は
『世の中には悪いことをして人にイヤがられ、
理不尽ではないか。
私が何か悪いことをしたというのか』
と言いながら死んでいきました。
そのことについて伺いたいのです」と言いました。
どうしてそんな不公平なことが起きるのかというのが質問の趣旨で
私はこう答えました。
「がんになって、あと数ヵ月の命と言われたとき、例えば、
そのような人たちには、宣告された期間が過ぎても死なない、
あと三ヶ月と言われた人が半年も生きていたり、
そういう例が、世の中には多々あるようなのです。
今の方のような、『
自分が『正しく」生きてきたかどうかではなく、問題は、『
「正しい」ということを人生の中に掲げて生きてきた人は、
「正しい」かどうかではなく「楽しい」かどうか、です。
自分がその生活をしていて楽しいかどうか、
『この世の悩みがゼロになる』大和書房
人生が終わって、あの世に旅立つとき、こんな質問があるそうだ。
「人生を楽しんできましたか」
「努力したか」でもなく「自分を磨いてきたか」でもなく、「
人生の中で「嫌なこと」「辛いこと」「病気」や「アクシデント」
悔(くや)んだり、不平不満を言ったり、
逆に、どんな嫌なことや面倒なことが起ころうと、その中に「
「楽しみ」「面白がって」生きてきた人は、明るく、朗(ほが)
「楽しむ」ということは、単なる娯楽や快楽の話ではない。
どんなことも「必然、必要」「肯定する」「受け容れる」「
また、「正義感の罠」、という言葉がある。
真面目な人ほど、「正義感の罠」に陥りやすい。
「正しさ」を追求するあまり、できない人を批判したり、
正義感を振りかざす人からは、人は離れていく。
大事なのは・・・
「正しいか」ではなく「楽しい」か。
上記の【正しい」かではなく「楽しい」か】