【今週の自戒】離すために話す。大切なご縁のために。
2025年 09月 29日

【今週の自戒】
離すために話す。大切なご縁のために。
人を大切にしている人と大切に付き合う
できているかどうかは別として、まさに
こうありたいと思う言葉に出会いました。
私を雑に扱う人は、
おそらく私のご縁の先でも
大切な人たちを雑に扱う
そこはもう間違いない真理だと
思います。
一緒にいる人が誰なのか、
一緒にいたい人が誰なのか、
大切なご縁のために
大切に扱ってくださる方々と
ご縁を深めていくためにも、
雑に扱う人に出会ったときに
まさに話す。
話すから離せるのだと思います。
数年ぶりに突然携帯が鳴り、
とにかくこの人に会ってくださいと
内容もよくわからず。。。
対応に躊躇している間に
強引に紹介をされました。
そこから極力距離を取るために
話していく行動を取りました。
最初から長時間しゃべる気もなく、
距離を置くために話をする。
やはり雑な扱いをする人の紹介のだったので、
雑な人が目の前にあられました。
きちんと話し込むことで、
もう私の目の前には現れないと思います。
距離をおくこと離すために話すこと、
大切なご縁のために
これからも続けたいと思います。
今週もよろしくお願い申し上げます。
【誰と「園」をつくるのか】
小林正観さんの心に響く言葉より…
四〇歳を過ぎると「どこに行くか」ではなくて、「誰と行くか」です。
「何を食べるか」ではなくて、「誰と食べるか」です。
「何を飲むか」ではなくて、「誰と飲むか」です。
この四〇歳というのは、人生の折り返し地点という意味で捉えています。
平均寿命が八〇歳と仮定した話です。 自分が行きたいところ、食べたい物、飲みたい物といった欲求を最優先にするのではなく、「誰と集うか」「誰と『園』をつくるのか」が重要だということです。
このことに気がつくのは、先ほども述べましたが、四〇歳過ぎだとは言い切れません。
あなたが「そっちのほうが心地いいな」と思った瞬間からです。
もしあなたが 「ディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンに行くのが楽しい」 と思っているのであれば、それは若い証拠でしょう。
歳を取って、人生の後半に足を踏み入れると、そういうテーマパークに出かける必要がなくなります。
田んぼのあぜ道でおにぎりを頬張っていても楽しいし、幸せに感じられるようになるのです。
問題は「誰と集うか」です。
この価値観が身に染みてわかってくるのが、だいたい人生の半分を折り返したあたりでしょう。
三〇歳でその価値観が備わっている人は、もしかすると寿命がちょっと短めなのかもしれません。
平均的には四〇歳を過ぎたあたりで見えてくるものです。
《誰と「園」をつくるのか》
『ごえんの法則』大和書房
お釈迦様は二五〇〇年ほど前にこう語った。
「次の三つのものに帰依(きえ)したら我々の仲間である」と。
一つ目が「仏」
二つ目が「法(お釈迦様の教え)」
三つ目が「集い(よき友が集まるコミュニティ)」
「園」とは「縁」のことであり、「集い」や、コミュニティのこと。
コミュニティには、よき友が集まり、互いに高め合い、笑い合える仲間がいる。
共感したり、楽しくなる場であり、ホンネで話しても安全な場。
自発的で強制されない「ゆるさ」を持った集まりだ。
『誰と「園」をつくるのか』という言葉を胸に刻みたい。
上記の【誰と「園」をつくるのか】については人の心に灯をともすより引用しています。