第127回ご縁結びのコーナー 株式会社AND SHERPA飯塚健さん(Kudan Vision代表/ログノートCFO) ナイスガイの会を主催してきた人が一番ナイスガイでした!
2025年 08月 06日
【くにみんのキャリア対談】CFOとしてIPOを実現し、ファンドのCEOとして活躍する飯塚健のキャリア!!
ホームページもなく目立つ必要もないと言う(仕事では目立つということ→かっこいいですね)。そんな状況でご本人に無理矢理インタビューを実行させていただきました。私のためだったら出てもいいですよと言ってくださったのが今回の飯塚さんになります。目立つ必要もないと言うことはあくまで主役は経営者。その経営者を守り立てる意味で、会社名も【AND SHERPA】とされた飯塚さんのその思いの高さにも私も共感している次第です。ここに至る経緯についてまた現在の【AND SHERPA】の事業について、このインタビューを通じてご紹介する方々にわかりやすいようにお伝えできる機会になれば嬉しく思います。それではインタビューを始めたいと思います。

【20250211AND SHERPAオフィスにて】
◆飯塚さんとの出会い
飯塚さんとの出会いは、2016年の初頭頃、今から9年前になります。ご紹介者は当時会計系コンサル会社に席を置いておられた方、現在バイウィルの代表取締役をされている下村さんです。その時、飯塚さんはインタビューを辞退したいと考えていたそうで、もともとあまり好んで記事になる、表に出るタイプでは無いのですが、ご紹介者が素晴らしい方からの紹介だったので当時受けることになったと。今回の私のインタビューも同様に感謝です。
飯塚さんのインタビュー、コメントをされていくうちに良い人の周りには良い人がたくさんいる、まさに同感です。当時、その言霊と言いますか、真理をついて、【ナイスガイの会】というコミュニティを主催されていく話を下村さんが聞かれて、そのナイスガイの会にぴったりのおじさんがいますと言って私を紹介してくださったそうです。血の繋がってないおじさんといつも言ってくれる下村さんからのご紹介です。なので私は何も考えることなく飯塚さんにお会いした瞬間から、お互い誰を紹介したかを忘れる位に。笑。
たくさんのご縁を双方向でお繋ぎし、それによりまたたくさんのご縁が育まれ広がっていった次第fです。当時から飯塚さんには本当に感謝しており、CFOでもなく、なんの肩書きもない私を、ナイスガイの会もしくはCFOの集まりにたくさんお招きいただいて、そこからいろんなご縁が広がりましたことを嬉しく思っています。まさに良い人の周りには良い人がいる、ここは一点の曇りもない真理かなとfあらためて感じます。
◆子供時代 今に通じるお話し お母様の一言
社会人になってファーストキャリアが会計士という飯塚さん、そこにつながるのは小学校の頃に通っていた、算盤教室でのご実績。当時から3桁× 3桁の暗算ができるほど、暗算4段の腕前だそうで、数字に近い存在、アレルギーがないことは、会計士で基本中の基本、この頃に培われたのかなとおっしゃっていただきました。
余談ですが、日本珠算連盟のサイトの暗算検定試験を覗いてみるともうチンプンカンプン何も頭に入って来なかったです。サイトはこちらから。
自分の学生時代のキャリアについては、親が敷いてくれたレールの上をその通りに走ってきたかなという感想を持つ飯塚さんですが、ご自分の中では東大に行くのが当たり前(自分の能力だけは分かっていたようで最初から東大は無理だろうと思っていたようです)。その先に血が嫌いだったので医者ではなく歯医者になるのが当たり前と育てられたと話していただきました。もう一つ重要なキーワードは15年間ピアノを習っていたこと。それはお母様がピアノの先生であり、ピアノを練習することで絶対音感や感性が研ぎ澄まされたとも話してくださいました。右脳的なところからアート思考につながること、これは経営者思考に寄り添う意味でも非常に大事だったかなと話していただきました。お父様は北海道庁にお勤めであり、転勤族で、子供時代、転々とする転校を繰り返すような小学校時代だった、転校の度に自らが勉学でとんがっていても一人じゃ何もできないことを小学時代に悟り、友達を作っていくこと、コミュニケーション力をつけないと何もできない、何者でもないということでコミュニケーション力が見についたんじゃないかと話していただきました。お父様は高度経済成長真っ只中に土木分野で北海道に道路を作るという公的立場にコミット、大儀を持って働くことの意味を常々教えてくださる方で、教育ママのお母様と真逆・バランスを取っていたのか、仕事人間でいつも家にいなかったようですがいつも優しく寄り添い応援者でいてくれて自分の生きる姿勢につながっていると話していただきました。
お母様からピアノを通じて教えていただいたこと。それは勉強の方がピアノの本番よりも簡単と言う話。毎日勉強をコツコツやっていくと一定能力がつき崩れることは無い。しかしピアノの発表会は本番であってもほんの少しの失敗で0点になる。受験や会社の仕事、もしくは上場の仕事、上場に行くステップに関しては0点になる事は無いが、お母さんから言ってもらった厳しい一言、ピアノに比べたら、全てが簡単と言う一言に今も感謝していました。

【20190219飯塚さんの上場お祝い会】
◆大学時代に今のコミュ力に通じる経験 挫折してよかった
コミュニケーション力が高いですよねと申し上げると、自分ではあまりそこにフォーカスすることはなく、どちらかと言うと大学時代に親元を離れて、田舎から出て、周囲の優秀な人たちについていくために必要不可欠な能力がコミュニケーション力であって、それ以上に周りの人たちに役立つこと、困りごとを尋ねることを中心に考えているうちに、コミュニケーション力がついたと思っているそうです。
大学生時代に、人が集うことで大きなパワーを発揮することに気づいた。いろんな事件も起きたが、人とのご縁、集うことの意味、パワーの凄さに早くから気づけたのも田舎から出てきたから。
そのパワーがあったからこそたくさんの方々を巻き込む力が身につき、1人じゃ何もできないっていう根底の思いから会計士ネットワークも1500名程度持ちなのもこの大学時代に麻雀や下宿での飲み会でたくさんの方々と会うことで良い人をどう見極めるか、良い人の周りには良い人が集まるという真理、信念を、大学時代に学ぶことができ、それが今に生きると語っていただきました。
◆会計士へ 監査法人 スタートアップ担当へ
高校生の時に理系に進むことをずっと考えていたそうですが、ある時お父さんから理系で歯医者になって高齢化社会で働いていくことよりも会計士になって、歯医者より企業の役に立てることを仕事にしていったほうがいいんじゃないかと言われて、ご自身も納得。
突然文系に転向することになり、そこから歯学部と言うよりは一橋大学に進むようになったそうです(この意志の変更で入試にパスできたのもすごいですが)。大学卒業後、そこから真剣に勉強し始めて25歳で会計士資格に合格し、見事新日本監査法人に入社が決まります。
新日本監査法人時代は最初大企業分野で仕事をすることになったのですが、とにかくやっていけるのには壁だらけで非常に厳しかったそうです。その時に社内ベンチャー的にIPOチームの募集を掲示板で見つけ、そこから監査法人9年間のほとんどをこのIPOチームで過ごすことに。
最初の5年間はなかなか目が出ず、挫折の連続だったそうで、大変な時期を過ごすことになったそうです。しかし上司に、チームに恵まれ、たくさんの困難な状況を経験した後、5年を経過するあたりから、最後の4年間は特段無理をせずにお客様がお客様を呼んできてくれるような状況になっていき、大手監査法人3社の中で3位であった新日本監査法人が現在では1位になっていますが、その礎を作っていくところを飯塚さんのチームが関わっていたからこそに違いないと感じております。
ちょうどその頃、仕事をやり切った、楽をしているなという感が出ていた頃、このままだと自身の成長が止まる感覚があったそうで、自分が関与していた会社2社が同じ日付で上場を果たし、この2つの事象が、飯塚さんを次のステップに移行する決意につながっていきます。
さらに、このチームを迎え入れてくれた尊敬してきた上司が監査法人を退職するという話があったこと、もう一つは監査法人所属の会計士の立ち位置がボクシングでいうセコンドにあたり、ボクサーとなってリングに上がることを体現したいと思うように。まさに上場体験を自身の力で成し遂げたい。
その誘いがこの頃にあったときに直感として飯塚さんはその会社に行くことを決断します。その会社がKudanです。
◆宇宙人(アーティスト)との出会い 経営者の夢を具現化へ
Kudanに入るきっかけとなったのは、前述の2つの理由以外にもう一つあったそうです。
それは同日上場した会社の社長とCFOからの紹介であり、その会社に出資していたスーパーエンジェル投資家集団がKudanにこぞって投資することが決定していて、これは何かがあると思ったことから同社の創業者である大野さんに会うことになります。
34歳から35歳の時であったそうですが、最初に会ったときに宇宙人レベルで凄い人だなと思ったそうです。言い換えるとアート思考であり、びっくりするような要求要望が飛んでくる。この人と一緒に同じ山に登ることができればたくさんの経験ができる。これは能力だけの話でなくて、この経験価値は相当意味がある。胆力も付くし昨日の自分より今日の自分が圧倒的に成長する機会となる、そう思ってKudanに入社することになり、その宇宙人との会話によって、飯塚さんの能力は開花し始めたと話してくださいました。
※飯塚さんは現在もKudan社の子会社Kudan Visionの代表取締役です。

【20170111Kudan社へ】
◆単に投資家では実現できない未来 ログノートCFO就任と共にCFOエコシステムであるAND SHERPAを設立
Kudan Visionへの関わり、そのほか多数の企業に関わる中で、空白地帯の存在を感じるように飯塚さんはなっていきます。
その理由は、Kudan Visionはスタートアップへの出資、いわゆる投資会社ですが、飯塚さんがご自分の経験してきたCFOとして上場経験のある人は転職市場に出回ることもなく、ほとんどの場合が、社外取締役や顧問と言う立場もしくは投資家と言う立場で関わることはあっても、もっとガッツリ現場、ガッツリ社内に入り込む事はできていない。この空白地帯を埋める活動をしていきたいという模索から、今回のAND SHERPAの構想を持ち始めたそうです。Kudan本体の役員を外れ、Kudan Visionの投資ソーシング活動をしつつ、これまた宇宙人である高津代表が率いる電子レシートオンリーワン企業のログノートCFOに就任。その時声をかけたのが10年来飲み友達・CFO仲間であった豊田さんとのことでした。ログノートの資金調達・IPO支援などCFOロールを二人で進める中、この取り組みは他のベンチャーに圧倒的にニーズがあること、同様に動ける現職CFO・独立会計士が多数いるのではないかという仮説の元、当初はCFOcloudと称してサービスをスタートしようと思っていたそうです。しかし、CFOと一口に言っても、活躍されているCFOは、経理やM&Aなどサイエンス領域に長けてることだけが要件でなく、胆力やコミュニケーション、交渉や組み合わせなどのアート思考など、CFOと呼ばれる枠組みを超えた「CFO」だけでもない、多くの事業経験者、その他CXO領域で経営者をサポートできるプロフェッショナルが集えば、もっとたくさん未上場の会社や上場後の会社に関わることができる。その意味合いを深掘りしていくと一緒に山に登るけれども、シェルパに有名人は世界中どこにもいない、経営者の役立てることに集中し寄り添いながら、しかも頂上まで一緒に登り続けるシェルパへの思いを持ってその中でAND SHERPAを立ち上げていくということを事業化に踏み出しました。この想いから会社名(言わばエコシステム)をAND SHERPAと名付けられたそうです。たった1人のCFOの能力では限界が見えている、この変化の激しい上場市場の中で、プロジェクトチームを組むことで、たくさんのCFO経験者や、CXO経験者を巻き込みプロジェクトチーム化して、経営者の通訳、宇宙人、アート思考に寄り添うことができるチームを作っていく。

アートギャップを埋めていくこと、すでに数十のプロジェクトチームが組成されています。このような経緯から、紹介のみ、口コミだけで、ホームページも作ることもなく、会社名を目立たせることなく、仕事の成果xfっxfで目立ちたいということが本意だそうです。
AND SHERPAに集うメンバーについて、飯塚さんは、能力が高い人を集めるのではなく、経営者という宇宙人、アーティストと会話が成立し、アートギャップを埋めてきた経験値をたくさん持っている人を集めていますと、私もここは大切なポイントだと思います。その資料も掲示しておきます(飯塚さんから提供)。


◆飯塚さんへAND SHERPAについて コメントを
今回、飯塚さん、AND SHERPAについて3名の方々からコメントを頂きました。ご協力感謝です。
◉五條メディカル株式会社 原田さんからのコメント
飯塚さんの印象で感じたこと…
ピュア、感動しー、素直、人情深い部分もあれば合理的な部分もある、人懐っこい、愛されキャラ。
とても賢い方で、素晴らしいご縁の持ち主なのだと思いますが、偉そうな部分をひけらかされる感じは全くなく、あくまでも寄り添われる姿勢を貫かれている部分は、流石だなと感じました。
変な背伸び感もなく、等身大で、ご自身が出来ることに携わろう!とのご姿勢を感じました。
ご自身の成果に対しても俯瞰されていて、当時のご自身の不足等も、素直にお話くださる姿勢は、ナチュラルな人間性を感じました。ただ、根っから頭が良いのだと思いますが、相手との距離感に、自然に見せながらも…多大なるお気遣いあられる方だなとの印象も受けました。変な意味合いではなく、相手への配慮の一つとして、間合いを見ておられるのかと感じました。
想像ですが、子供の頃からの癖なのではないかと察した次第です🙇♀️大人子供と言うのか…自身もそういう部分があるため、なんだか似た空氣感を察しました。…勘違いかもしれませんが😅
飯塚さんは嫌がられるかもしれませんが、私は、お友達になれるなとの印象を受けた次第です😊

【20181128近しいメンバーで】
◉株式会社バイウィル 下村さんのコメント
・当時の飯塚さんの印象、魅力
→お人柄はもちろんのこと
まず、会計士にあらず。会計士でありながら、経営者であったこと。
また、会計士ネットワークが凄く、この方は、会計士と言う概念を変える方になると思った所です。
・私にご縁をくださった理由
→まず単純に、杉浦さんに知って欲しかった。からです。かつ、必ず飯塚さんは面白いことをし続けると思いましたので、杉浦さんにご支援頂けたら、最高だぜ!
って思ったからです。
◉株式会社レスタス 大脇さんのコメント
飯塚さんの描くシェルパのビジョンは、現代のスタートアップが直面する課題と非常に合致しており、特に関西におけるCFO人材の流動性の低さを的確に捉えています。スタートアップの成長フェーズに応じた柔軟な支援により、時価総額の加速的な向上が期待でき、大いに共感・応援しています。
2025年1月私と一緒に、大脇さんを飯塚さんにご紹介し、3月に飯塚さん、豊田さんが来阪。大脇さんの声がけで集った経営者に、AND SHERPAの事業概要について語っていただく機会を迎えました。
そこで飯塚さん、豊田さんから、関西の経営者について教えてもらったこと。
骨太の経営者が多い。コミュニティが出来上がっている。資金調達に浮ついていない。AND SHERPAとして役立てる経営者が多いと話してくださいました。
◆近未来について、盟友 豊田さんについて
AND SHERPAをスタートして、がっつり関わっているメンバーは2、 30名になっています。潜在的な仲間としては70名から100名程度。
AND SHERPAはホームページもない中で案件は紹介による未上場企業の案件が中心でありますが、今後は上場企業の100億円問題に関して、いわゆる口だけコンサルではなく、手足を動かして徹底的に大きな山を目指す、経営者のアート思考に寄り添えるように実績を作っていこうとされています。時代にマッチしたこのエコシステムに私も大いに賛同し、ご一緒できるように汗をかきたいと思っています。ゆくゆくはこのAND SHERPA社が上場会社にとってなくてはならないプラットフォーム化していくことを描こうとしています。
飯塚さんへの質問で、豊田さんは飯塚さんにとってどういう存在ですか?と聞いてみると、面白い回答が返ってきました。私、飯塚にとって、豊田さんはまさにシェルパです。私のアート思考を具現化するために、豊田さんは、なくてはならない存在ですと返ってきました。
物静かな豊田さんでありますが、圧倒的な実績を過去から積み上げられた方であり、私も飯塚さんの話に同感です。さらに、飯塚さん世代は一定、上場経験やM&AなどでEXIT経験がある方が多いそうですが、その一世代下である豊田さんや、もう少し若い方々にとって、本人の能力の高低ではなく時代の巡り合わせの影響下で華々しい実績が出せてない方々が多い。その若手の会計士の方々に、もっと大きな仕事ができるようになるためにもAND SHERPAが実績を積んでいきたいと思っておられます。
AND SHERPA自身が会計士のためのインフラ的な存在になって大きなエコシステムが回るようなこと、既存の監査法人とはまた違った新たな形で会計士のためのプラットフォームになれると、大きな近未来の構想をお持ちでした。
◆飯塚さんからコメントをいただきました
まずはじめに、文字通りお「世話」にしかなっていない大変大変可愛がっていただいている代表世話人杉浦さんに、お願いしても書いていただけないであろうこのような貴重な機会をいただき、お恥ずかしながら私個人の人生の軌跡を文字に起してくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。また、お忙しい中素敵なコメントをいただいた皆様にも、この場を借りて御礼申し上げます。日常的に褒められることが少ないポジションが故、感動です(失笑)。
この度、杉浦さんにインタビューをしていただき、自らのキャリアを振り返る過程でたくさんの気づきをいただきました。
AND SHERPA構想の原点に、「そろばん」「絶対音感」「北海道」の三つが明確に根底にございます。
「そろばん」の先生に会計士の存在を教えてもらったこと、「絶対音感」を通して言葉で表現できない感覚の世界、タイミングや状況で達成しなければ再現不能な世界があること、「北海道」という素材やコンテンツが圧倒的に人々を魅了する故郷に恩返し・貢献がしたい。
私自身、公認会計士として見られることが少ないのですが、公認会計士法第1条にある通り、会計士は、財務書類の信頼性確保により国民経済の健全な発展に寄与すべく、事業会社においてのシェルパとして日本経済を盛り上げていかねばいけない存在と考えており、その思いで6年前より、盟友楢木さんと柴田さんと会計士コミュニティを作り、今は約1500人アクティブになっております。日本経済を盛り上げ、グローバルで活躍するような宇宙人経営者とのアートギャップを埋め、企業価値を一緒に上げて行く、シンプルにその一点につきます。
そして、その過程で、北海道と東京を行き来する経営者を増やすことで、北海道大学を中心とした産学連携、ニセコ経由のグローバル展開、札幌の証券市場活性化、人材採用を通して北海道経済を盛り上げる「すすきのバレー」構想の実現を進めていきたいと考えております。
この想いに、少しでも共感くださる方が少しずつ増えていくことで、このオープンなエコシステムAND SHERPAがひっそりと成長企業の裏側に目立たずいる、そんな将来を確信し、結びのお言葉とさせていただきます。
杉浦さん、改めて貴重な機会をありがとうございました。飯塚 健
素敵なコメントを飯塚さんからいただきました。未来に向かって仲間として同じ山を私も登って行きたいと思っています。感謝。
