【今週の自戒】 商売の本質がズレないように。

ー杉浦佳浩

【今週の自戒】 商売の本質がズレないように。


2024年 09月 02日

【今週の自戒】
商売の本質がズレないように。

写真冒頭のコトバ、
コミュニケーションの本質は
『相手を理解すること』です。
コミュニケーションを『商売』と
置き換えてみる。
当たり前のような話ですが、
忘れらているような気がします。
ここ最近の報道を見聞きすると
同調圧力を押し付け
ネガティブ情報の垂れ流し
見ていて楽しいこともない。
結果、ドンドン頼りにしない、
違った価値観への誘導に、
見る側の立場の人が離れていく
そこにも実際は気づいていないと
感じます。
報道した結果、ズレが生じていることを
何も評価せず、感じることもなく
同じことを繰り返す。
もっと世の中のためになることは
たくさんあるはず。
商売の本質を見失わないように、
この事例から学び活かしたいと思いました。
相手を変えようと
一生懸命な人にならないように。
本質を見抜ける人に
今週もよろしくお願い申し上げます。
【悪の報いは必ず来る】
ひろさちや氏の心に響く言葉より…《「私には報いが来るまい」といって、悪を軽視して はならない。
水滴が落下すれば水瓶も満たされる。
愚か者は少しずつ積んで、悪に満たされる》(釈迦)かつて「小さなことからコツコツと」と言った政治家がいました。
日々の積み重ねが年月を経て驚くほど大きな結果になるというのは、誰もが実感するところでしょう。

体重計に乗るたびに、微妙に増えていた数字を無視していたら、ワンシーズン前の服が入らなくなっていた。
こうした悲しい体験をしたことはありませんか?
もっとも、増えたのが体重であればダイエットという解決法があります。

しかし、それが悪事となると、場合によっては取り返しがつかない状態になってしまいます。
悪事といっても法を犯すことだけではありません。
もっと軽いこと、たとえば遅刻とか、さぼりぐせとか….。

こうしたことは、自分では大した罪悪感がない分、やっかいです。
ツケを払わなければならなくなった段階になって、ようやく影響の大きさに気づくのです。

空海は「人は悪ばかりでいられるものではない」と言いましたが、積み重なれば「悪」で固定されてしまいかねません。
そうなったら名誉挽回はかなり難しいでしょう。

結局自分を守るには、「私には報いが来るまい」などという根拠のない自信を持たないのが一番です。
水滴が溜まっていかないよう、日々自己管理するしかありません。
長い目で見れば、悪事が良い結果を生むことは決してない。
お釈迦様は、そう教えているのです。

《悪の報いは必ず来る》

『いい言葉が、心を掃除する』PHP研究所

稲盛和夫氏は「成功の要諦/致知出版社」の中でこう語っている。

『因果応報の法則とは、善いことをすればよい結果が生じ、悪いことをすれば悪い結果が生まれる。
善因は善果(ぜんか)を生み、悪因は悪果(あくか)を生むという法則のことです。
善因悪因の「因」とは、自分が生きている間に思ったこと、行ったことです。
自分自身が思い、考え、実行すること、それらが因、つまり原因となります。
思ったり、考えるだけで原因になるのか、と疑問に思われる方もいるかもしれません。
また、単に思っただけでしかないと、我々は軽く考えがちです。
しかし、思うということは決して軽いものではありません。
恨み、つらみなどを考えただけで、それが原因をつくってしまいます。
そして、原因は必ず「結果」を生みます。
原因が原因のままで残り続けることはありません。
このことをお釈迦さまは、「縁によって果が生ずる」とおっしゃっています。
ところが、因果応報の法則は、必ずしもその通りの結果が出ているようには見えません。
周囲を見渡せば、いいことをしてきた人が病気で苦しんでいる、悪いことをしている人が幸せそうに暮らしている例は、いくらでもあります。
このような状況では、いくら因果応報の法則を説かれても、我々のような凡人にはなかなか信じられません。
世の中は、因果応報の法則の通りになっていない、とつい思ってしまいます。
因果応報の法則は、結果が出るまでには時間がかかることがあります。
原因に対して結果がすぐ出ることもあるにはありますが、多くの場合はなかなか結果が出てこないのです。
しかし、20年、30年といった長いスパンで見ると、必ず因果応報の法則通りの結果になっています。』

もし、現世で因果応報の法則が働かないとしたら、次に生まれ変わったときにその報いが出てくると言われる。
輪廻転生という生まれ変わりを信じない人にとっては、なんの痛痒(つうよう)も感じない話だが…。

「悪の報いは必ず来る」という言葉を胸に刻みたい。

上記の【悪の報いは必ず来る】については人の心に灯をともすより引用しています。