第137回ご縁結びのコーナー 株式会社長良園 市川嘉宏さん 〜岐阜から「ずっと長く、良いこと」を世界へ、地元愛に溢れた方〜
2026年 06月 13日
「お菓子は文化である」。この言葉を掲げ、清流・長良川のほとりで70年以上の歴史を紡いできた企業があります。今回の主役は、岐阜の名門・株式会社長良園の三代目、市川嘉宏さんです。
市川さんとの出会いは6年前。当時は会社再生のひと段落の後、コロナ禍の荒波がやって来た頃、どこか悲壮感すら漂っていた時期もありました 。しかし、久しぶりに再会した市川さんの顔には、迷いのない、清々しい笑顔が溢れていました 。おそらく未来に向かっていく活動もできているからこそだと感じました。
「数字の赤字の前に、心の赤字があった」と語る壮絶な企業再生を経て 、市川さんは今、岐阜の伝統文化である「鵜飼」と、地球の未来を見据えた「オーガニック」を融合させ、資本主義の新しい形を模索しています 。自らと向き合い続け、海外での差別体験をも糧にして、「ローカルこそがグローバル」を体現する市川さんの歩みと、長良園が描く未来の景色をお伝えします。

【最近の市川さん】
◆ 市川さんとの出会いについて
市川さんの口癖には有り難い、感謝、お陰様、が溢れています。この口癖が今を大切にし、未来を共にしたい方々を引き寄せるのだと感じます。

【紹介者の浅井さんと】
この素敵な市川さんをご紹介くださったのがアルファフードスタッフの浅井さん。浅井さんが絶賛されるくらい素晴らしい市川さん。出会った頃は、会社を見事に再生し、その厳しかった頃からいかに今を作って来たか?会社、工場を訪問させていただいたことが懐かしいです。
市川さんとの出会いはこの時でした
また昨年2025年9月には念願の長良川鵜飼ツアーをご多忙の中でご実施くださいました。心より感謝しています。
長良川ツアーで岐阜市へ!初秋を楽しんで初鵜飼でした!
長良川ツアーの振り返り。何度振り返っても余韻が素晴らしい1日でした!
長良川の悠久の流れと文化、千年を超えて受け継がれる鵜飼の体感は本当に素晴らしかった。特別な1日にしてくださったことを心より感謝しています。市川さん、有り難うございました。
この時代だからこそ体験価値、行ってみることの大切さを学ばせていただきました。

◆ 幼少期の「フラットな視点」と、隠された「強さ」
1979年、岐阜市に生まれた市川さん 。幼少期はおとなしく、目立つタイプではなかったそうです。しかし、その内面には、安易な同調を拒む強い正義感が潜んでいました。
「子供の頃、特定のグループに分けられたり、遊び相手を勝手に選ばれたりすることに、強い反発心を感じていました。誰とでもフラットに遊びたかったんです」
また、算数の授業では「単に答えが合っているかどうか」よりも、「なぜその答えに至ったのか」という議論のプロセスを重視しました 。自分が正しいと信じたことに対しては、相手が誰であれ主張を曲げない。普段は穏やかでありながら、譲れない一線においては毅然と言葉と行動を発揮する性格 。この「静かなる闘志」が、後に「火中の栗を拾いに行く」こととなる企業再生の現場で、彼の最大の武器となりました。言葉を発するだけでなく行動で示していくこともこの頃に備わっていったのだと感じます。
また、お母様から体が弱かった市川さんへの愛情として、食べ物を大切にすること、与えてきた環境を大切にしてきたことも子供の頃体験し、今の生き方や仕事にも影響していると話してくださいました。自己肯定感が備わったのはお母さんの愛情のおかげとも話てくださいました。
強さの一員にはサッカーを中学、高校とやってきた、鍛えられ身体能力も向上、サッカーの影響か?高校に上がると束縛が嫌いに、好きなことに一生懸命、集中するということは社長気質にはぴったりだったとも感じた次第です。

【市川さんと2022年夏】
◆ 海外経験で知った「リアリティ」と「日本の価値」
市川さんの視野を大きく広げたのは、中学生時代から頻繁に行き来していたアメリカでの経験、そして立教大学時代に学んだ国際経営論のゼミでした 。
インドではカースト制度の厳然たる貧富の差に直面し、アメリカ留学中には自らもマイノリティとして差別を経験しました 。 「現地の人と生活し、差別の問題やマイノリティの現実に触れることで、世界の多様性と同時に、根底にある人間性の共通点を学びました」
外の世界を徹底的に見たことで、逆説的に「日本の良さ」を再認識することになります。ローカルな文化こそが、グローバルな価値を持つ 。この確信が、長良園の原点である岐阜の文化を世界へ発信するブリッジ役になりたいという、現在の情熱に繋がっています 。素晴らしいですね。日本の素晴らしさが岐阜からどんどんでていくことが楽しみです。
◆ 「火中の栗」を拾った29歳の決断
大学卒業後、組織開発のコンサルティング会社でキャリアを積んでいた市川さんに、転機が訪れたのは2008年、29歳の時でした 。
当時の長良園は、バブル崩壊後の不況に加え、健康食品事業の乱高下によりバランスシートが悪化。出口の見えない経営危機に陥っていました 。さらに、市川さん自身が学生時代、何気なく捺印した「連帯保証人」の事実が重くのしかかります 。
なんとか再建をしようとしていた父親からその事実を告げられた際、市川さんはこう答えました。 「1,000万円程度の保証額なんて、これまで育ててくれたことを考えれば全然大したことないよ」なんともなかなか言えない一言だと思いますね。
この時の父親とのやり取りから、市川さんは家業へ戻る決意を固めます 。しかし、戻った先で待っていたのは、過剰な人員と設備、そして社内の激しい対立という、文字通りの修羅場でした 。
◆ 「心の赤字」を乗り越えて:壮絶な企業再生
再生のプロセスは困難を極めました。市川さんが痛感したのは、数字の赤字以上に深刻な「心の赤字」でした 。
「親族が中心軸になりすぎて、内部の人々が不幸な状況にありました。会社を存続させるためには、これまでの枠組みを壊す勇気が必要でした」
2年半に及ぶ闘いの中で、大きな助けとなったのは、長野の土産物商の会社さんが名乗りを上げてくださったスポンサーの存在でした 。彼らは市川さんの指導者となり、資金だけでなく、経営の在り方を叩き込みました 。
一方で、地元の金融機関との交渉では、わずか200万円の債権カットを巡って手続きが頓挫しかけるという、冷酷な現実にも直面しました 。最終的には、スポンサーの助けと、父親が公的機関の責任者に真摯な姿勢で懇請してまで道を拓いたことで、31歳で再生を成し遂げ、新社長に就任しました 。
この時、 「あの決断があったからこそ、今の長良園があります」 。市川さんは静かに、しかし力強く語ってくださいました。

【大峰山修行へ、2023年 浅井さん親子と】
◆ 伝統をオーガニックでアップデートする
社長就任からの10年間、市川さんはひたすら走り続けました 。東日本大震災の危機を乗り越え、ヒット商品にも恵まれ、PLとバランスシートはようやく安定しました 。
経営が安定した頃、運命的な出会いがありました。アルファフードスタッフの浅井氏との出会いです 。浅井氏の「オーガニック」への熱意に触れた時、市川さんの中にあった幼少期の記憶が呼び起こされました。

「私の母は体が弱かった私を育てる際、食べ物を非常に大事にしていました。健康や環境に配慮した母の教えが、浅井さんとの出会いによって、事業としての『ウェルネス・オーガニック』と一本の線で繋がったんです」
そこから長良園の快進撃が始まります。 昭和28年の創業以来作り続けてきた、長良川の鵜飼文化を象徴する「鵜飼せんべい」 。この伝統的な技術をベースに、国産・無添加、そして有機JAS認証を取得した「オーガニックお菓子」という新たな柱を打ち立てました 。
現在、全国でも数少ない有機JAS認証を持つ菓子製造工場として 、自社ブランド「nagaraen Wellness」の展開や、サイキンソー社、レナジャポン社といった志を共にする企業との共同開発(OEM)を加速させています 。

◆ 資本主義を変える「ずっと長く、良いこと」
市川さんの経営哲学の根底にあるのは、「社会に良いことをしながら儲ける」という、一見矛盾するテーマへの挑戦です 。
ゴールドマン・サックス出身の清水大吾氏の著書『資本主義の中心で、資本主義を変える』に感銘を受けた彼は 、長良園の新スローガンを 「ずっと長く、良いこと」 と定めました 。
- 環境の保全:オーガニック素材の活用 。
- 地域文化の振興:鵜飼文化を反映した商品開発 。
- 社員の幸せ:人手不足という課題に正面から向き合い、社員の幸福度向上を経営の最優先事項に置く 。
「幸せを提供する会社でありながら、働いている人が本当に幸せなのか。その問いを常に自分に投げかけています」
現在は、メーカーとしての固定費リスクを抑える「ファブレス化」の推進や 、都会で疲弊した経営者に自然の中でのアクティビティ(マウンテンバイクやスノーボードを通じた内省プログラム)を提供する新事業の構想など、食品の枠を超えた「心と体の健康」へとその領域を広げようとしています 。
課題はないわけではない、崇高なテーマを持ちつつも、工場の生産体制は常に逼迫、ある意味うれしい悲鳴ではあるものの良い製品づくりには、社員の幸せは必須、そこに腐心をしていく決意も語ってくださいました。
◆ 編集後記:杉浦が見た市川嘉宏の「園」
インタビューの最後、市川さんは自社の「園」という文字に込めた想いを教えてくれました。 それは、「良いものを実らせる園」であり、「持続する循環の円」であり、そして「つながりのご縁」です 。
市川さんは、まさに長良園という「園」の耕し手です。一度は荒れ果てかけた土壌を、自身の涙と汗で耕し直し、そこにオーガニックという新しい種を蒔きました。

【2025年長良川ツアーにて】
「資本主義を変えていく」という壮大な目標も、市川さんが語ると、不思議と地に足がついた、温かい物語に聞こえます。それは彼が、机上の空論ではなく、親の土下座や自身の連帯保証といった「生身の苦労」を潜り抜けてきたからに他なりません。
岐阜の長良川から世界へ。市川さんが編み直す伝統と革新のストーリーは、これからますます多くの人々に、香り高い幸せを届けてくれることでしょう。
市川さん、貴重なお話をありがとうございました!これからも「ずっと長く、良いこと」を共創していきましょう。
【株式会社長良園 概要】
- 創業:昭和28年(1953年)8月
- 代表者:代表取締役 市川 嘉宏
- 事業内容:菓子製造販売業(お土産菓子・ナチュラルオーガニック・OEM)
- 経営理念:「お菓子は文化である」
- スローガン:「ずっと長く、良いこと(もの)を」
◆最後に市川さんからコメントをいただきました
杉浦さん、この度はインタビューにお声がけ頂き、「まさか自分がこのコーナーに!」というのが本音でびっくりしたと同時にとても嬉しく思いました。貴重な機会を本当にありがとうございます。
杉浦さんとの出会いは私の敬愛する株式会社アルファフードスタッフの浅井社長からのご紹介でした。確か六本木ヒルズのカフェの前でお会いしたのですが、ピカっと光る素敵な笑顔と隠しきれない重厚感がとても印象的だったことを覚えています。もう6年前になるんですね。
今回、インタビューを通じてこれまでのことを振り返り、整理することができました。企業再生の時も、東日本大震災の時も、コロナの時も、大変なことは多かったけれど、本当にたくさんの方々に応援してもらい支えてもらって今があることを改めて実感します。逆境であろうと順境であろうと、当たり前の中にあること、当たり前のようにいてくれる人たちへの感謝を忘れないようにしていきたいと思います。
そして、その「ご縁」を繋いでくださっている方の一人が、まさに杉浦さんです。杉浦さんの周りにいらっしゃる方々ってバックグラウンドは本当に多様で気の良い人ばかり!出会った方が偶然、杉浦さんとご縁のある方だったりすることも1度や2度じゃないんですよね笑 杉浦さん本当にすごい!
杉浦さんのご縁で岐阜長良川ツアーを企画させて頂いたことも、本当に光栄でした。当社の源流は岐阜が誇る清流長良川と、そこで1,300年続く鵜飼にあります。年を重ねるにつれて郷土と会社の原点を大切にしていきたいと思いを新たにしていたタイミングでしたので、ご縁を感じずにはいられませんでした。
人と人を繋ぐ杉浦さんのお姿を見ていると、自分もまた縁に生かされてきたことを実感します。これからも頂いたご縁を大切に、事業を通じてずっと長く、良いことを届け続けていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!