【今週の自戒】 人間味が大切と感じたとき。
2025年 12月 29日

【今週の自戒】
人間味が大切と感じたとき。
写真の言葉。
見えないけれど、大切なこと。
ありますね。。。
日々の忙しさにかまけて
振り返ることがなかなか
できていない中で
見えないけれど、大切なことを
感じることが先日ありました。
大量に毎日届くメールの中で
ある会社の株主間のグループメールに
大手企業の会社員の人が送ってきた
内容が目に止まりました。
この会社員さん、
社長にのみ届く発信ではなく
株主全員に自分の声が届くように。
内容としてはあまり見たくない。
社長への不必要な、配慮のない
メッセージでした。
もし私が当事者なら、
すぐさまカチン!って感じに。
しかしその社長さん、冷静沈着
素晴らしい返事をしていました。
(うまく遇らう感じ)
ちょっとそのことが気になり私から連絡。
素晴らしい対応ですね!聞くと、
その社長からあれはAIに返信させたもので、
特に手間がかかっていません。
と返事がありました。
それを聞いて、なるほど!
どおりで感情的なものが
入っていなくて、冷静に
返信できていると思った次第です。
この経験をしてから、
メールの返信や
メッセージの対応を
AIに質問したりしているうちに、
人情や人間味といったものを
押し殺して対応する場面では
非常に有効だなと思いました。
ある時、ある人とのメッセージを
やりとりの中で、その人の顔を浮かべながら
その返事を見ているとどうもおかしい、
まさに違和感を感じたので、
私の文章に対してAIに
あるプロンプト投げかけてみると、
AIはその人と同じような返事を
作成して戻してきました。
どおりでその相手の人が
人間味がない返事をしてくるなと思ったら、
おそらくその人はAIに依頼をして返事を
作成したのだなと思いました。
AIがどんどん進化して
返事が上手くなればなるほど
人間味が大切な時代を感じた次第です。
義理や人情、そして人間味
どれも見えないけれど、
大切なことと感じた次第です。
馬鹿とハサミは使いようの時代から
AIとハサミは使いよう
AIと人間味は使いよう
こんな捉え方が良いのかもしれません。
人間味ある毎日を改めて大切にして
生きていこうと思った次第です。
今週もよろしくお願い申し上げます。
【寿司職人と「人情」】
西南学院大学教授、山村英司氏の心に響く言葉より…
入門者向けの経済学の教科書では、「人は他人のことを気にしない」ことを前提にしている。
つまり、自分のことだけを考えているのである。
確かに、空気を読まずに自分のことだけを考えているように見える人は多くいる。
しかし、実は他人の活躍に心の中で嫉妬心を募らせているのではないだろうか。
三省堂の『新明解 国語辞典』によれば、人情は「人ならばだれでも持っているはずの、人間味を感じさせる心の働き」である。
嫉妬心を募らせるのも、人情と言える。
一方、人情によって取引がスムーズになされる場合もある。
一人前の寿司職人になるためには下積み修行を10年ほど経験する必要があるという話をよく耳にする。
起業家であるホリエモン(堀江貴文氏)は、このような「世間の常識」を批判する。
ホリエモンの主張によれば、センスと経営能力さえあれば1年もしないうちにプロの寿司職人を養成できるという。
経済学者からすると、ホリエモンの説に分があるように思えた。
フランスのパリで寿司職人をしている友人に、どちらが正しいと思うか質問をしてみた。
まずホリエモンの言い分に理解を示し、次のように回答した。
「確かに、条件さえそろえば、技術的には可能」
しかし、技術以外の2つの要素が重要だと言う。
第1に、うまい寿司を作るには良いネタを仕入れる必要がある。
ネタの良し悪しはネタが入ってくるまでわからない。
さらに、良いネタを見分け、なるべく安く仕入れることが必要だ。
経験がない人でも、センスが良い人は見分けることが可能かもしれない。
しかし業者は良いネタを隠し持っていて、昔からの取引がある名店にしか売らないそうだ。
要するに人間関係がモノを言うわけである。
第2に、寿司職人にはコミュニケーション能力や話芸が求められる。
とりわけ高級店に来てカウンターに座る客は、寿司を食すためだけに来ているわけではない。
社会的にも一定の地位につき、人生の荒波を泳いできた客が来店する状況を想像すると良い。
貫禄のある寿司好き紳士が、世間話や寿司のあれこれをネタにして話しかけてくるという。
客がどのような人物なのかを観察しつつ、相手を楽しませ愉快にさせる受けこたえをする。
なじみ客でも日によって機嫌の良し悪しがあるので、油断はならない。
一方で、神経を集中させながら寿司という名の芸術品を作るのである。
うまい寿司、そして愉快な会話も手品のように提供し、客を納得させる。
これらすべてを身につけているのが「一人前の寿司職人」なのだ。
寿司職人は寿司を作る芸術家であると同時に、経験に裏打ちされた「人情」のエキスパートなのだ。
もう一度考えてみよう、20歳台の若者が50歳を過ぎた食通紳士の相手ができるのか?
友人の結論は次の通りだ。
「センスが良くても、10年近くかかるだろう」
市場参加者が人間である以上、入門者向けの教科書には描かれない力学が働く。
「人情」を知らねば現実経済は見えてこない。
この要素を深く考えることができる者が「一人前の経済学者」である。
『義理と人情の経済学』東洋経済
山村氏は「義理」と「人情」についてこう記している。
『ハーバード大学の経済学者でジャッド・クレイマーという人がいる。
2019年にネットニュースで、クレイマー氏が日本の恩人を探していると報じられた。
14年ほど昔、高校時代の日本人クラスメートに会うためクレイマー氏は来日したという。
旅行の最中に地震が発生し、仙台駅で足止めにあった。
まだ高校卒業直後の貧乏旅行で、所持金はほとんどなく、泊まる場所のあてもない、日本語も全くわからない。
クレイマー氏は怖さと心細さで途方にくれた。
18歳のアメリカ青年に救いの手を差し伸べたのは「片腕がない仙台駅の30代くらいの駅員」だった。
その駅員はクレイマー氏を近くのホステルに連れて行き、宿泊代を支払ってくれた。
翌日になると切符の利用期限が切れていた。
そのことを知った「片腕のない駅員」は新幹線の切符をくれた。
この出来事はクレイマー氏の記憶に深く刻みつけられ、その後の人生にも大きな影響を与えた。
日本語を学び、日本の文化を学び、いつの日か「片腕のない駅員」に「日本のやり方でお礼」を伝えたいという思いを持ちづづけてきた。
2019年に来日したクレイマー氏は、仙台駅を訪れ「片腕がない駅員」を探したが、出会うことができなかった。
しかし「お礼を伝える」ためにに今も「片腕がない駅員」を探し続けているという報道がなされ、クレイマー氏が帰国後、無事その駅員が見つかったという。
おそらく二度と会うことがない外国の若者を助けるためにコストを負担する日本の「駅員」。
そして、「お礼を伝える」ことから経済的な見返りなどないとわかりながら、時間や労力というコストをかけて遠くアメリカから「駅員」を探す「経済学者」。
いずれの行動も、通常の経済学では説明できない。
クレイマー氏は、日本での体験や学習を通じて、日本的な「恩義」の意味を理解したのだろう。
そして、「義理」を果たすために行動を起こした。 』
「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む」という言葉がある。
かけた情けを、「オレがやってやったんだぞ」などと、いつまでも恩にきせるようではカッコ悪い。
しかし、受けた恩は絶対に忘れてはいけない。
それが義理人情に厚い人であり、一本筋の通った人だ。
義理と人情に厚い人でありたい。
上記の【寿司職人と「人情」】については人の心に灯をともすより引用しています。