杉浦 佳浩 オフィシャルサイト

ご縁結びのコーナー第41回 ナカザワ建販株式会社 代表取締役社長 中澤 秀紀様

2018年06月15日

★いつもこの溢れ出るような笑顔はどこから?と思う、
ナカザワ建販の中澤さん!
年令だけで申しますと若干36才の中澤さん。しかし実力を伴って今回、
グループ人数が500名近く、売上も200数十億円のナカザワ建販グループの
代表取締役に4月に就任されました。その素敵な笑顔を常に保っていらっしゃる
理由、経営に向かう心持ち、今後の抱負についてお話を伺いました。
 
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★中澤さんとの出会い
このコーナーで昨年の12月に掲載した株式会社Warrantytechnology社
いらっしゃる松原さんから是非ご紹介したいです!とお話を頂き、
2015年の秋頃に初めてお会いさせて頂きました。そこからあっという間に
仲良くしてくださり、現在に至る感じ。
 
当時は副社長として会社を引っ張っていらっしゃいました。
その際から、いつもニコニコされていて、私も自然にニコニコとなります。
当初は、子会社のエニワン株式会社の事業拡大に伴うお話について
お聞きしておりました、そこからグループ全体に広がる大きなお話を
いつもお聞かせ頂いています。
 
★名うての経営コンサルティング会社社長も冷や汗に
一度、中澤さんに東京の経営コンサルティング会社社長にお会い頂いた
ことがあります。この経営コンサルティング会社は、最近全国的に
鳴り物入りで売り出し中の会社さんで、たまたまのご縁で、同社社長に
中澤さんのお話をしましたら是非ご紹介頂きたいという話になり、
ちょうど東京にご出張中の中澤さんと一緒に訪問することとなりました。
 
面談の出だし、コンサルティング会社社長は、自社の強み~コンサルティングの
必要性を意気揚々と語っていらっしゃいました。そこから同社の必要性を
理解して頂き、クロージングに持っていこうということで、経営課題について
『御社はこんな事に陥っていませんか?』『こんな課題はありませんか?』という
問いを立てるのですが、ことごとく『困っていません』とか『解決済みです』
という力強いお返事。ついには相手社長さん、『弊社ではお役に立てそうに
ありません』と冷や汗びっしょりで小さな声で話すに留まりました。
 
この情景をじっくり拝見していて、中澤さんの経営への真摯な取組度合いの
真剣さ、深い考え、実践力を感じた次第です。まさに経営に年令は関係ない、
【姿勢】の大事さを感じ入りました。
なにか笑顔の裏側を拝見できた気がしております。
 
★中澤さんが常に笑顔なワケ
中澤さんの学生時代の頃やご家族のことについてお聞きしました。
中澤さんは1982年3月生まれで、2歳下に弟さんがいらっしゃいます。
ナカザワ建販さんはその1年前に創業されています。お父様は創業者であり、
現在会長である伸文さん。
 
創業、起業の理由を伺いますと、当時お勤めだった会社で売上を何倍にも
されたご実績があり、しかし、ご自分の待遇は良かったものの、周りの社員、
同僚にはあまり反映されず、希望通りに社員数も増えなかったそうです。
そこで、自分の思い描く会社にしたいということで、独立起業をされました。
しかし、以前の会社のお客様に手を付け新会社に持っていくことは一切無く、
一から事業を起こされました。
 
そこから、仕事人間を貫いて来られた伸文さん。
中澤さんの記憶にも家族旅行等一緒に行った思い出は何もないそうです。
まさに背中を見て育つということですね。お父様は、家では全く仕事のことは
語らない方だったそうです。その姿勢を見て育った中澤さんが、小学校4年生の
時の作文に将来の夢として【社長になりたい】と書いていらっしゃった
ということを最近お母様から伺ったそうで、何か、目して語らず以心伝心の
経営者家族だと感じました。
 
小さな頃からワクワク感ある子どもさんであり、片意地を張ること無く育って
今もそのままであるという印象です。スポーツのお話を伺うと、
『ソフトボールを小学校の時にやっていました。しかし当時の文章を
見ていると、かけっこは毎年のようにビリ、ソフトボールでピッチャーの際は
ボールが遅すぎて相手が打てない感じでした(笑)。』
 
命の大切さを学べたこともあったそうで、『中学では野球部に入部して
いました。そこではヤンキー率の高いクラブで、練習よりは、シゴキ、
体罰の日々。そんな時に、クラブで練習中に、メンバーの大怪我を
目の当たりにした際に、命の大切さ、今あることへの感謝の念を学びました』
と話されています。
 
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高校に入学後はクラブ活動はせず、ひたすらアルバイト活動に没頭していた
そうです。それが【スーパー内の魚屋さん】。ここで魚を二枚、三枚に
おろすことをただひたすらやっていたそうです。その後大学入学の際に、
全く違うスーパーにバイトで入り、『魚屋以外で』とお願いするも、
高校時代のバイトの話をすると、必然的にまた魚屋へスカウトされ
配属されたそうです。
 
またそちらで2年間ひたすら魚を捌き続け、この時に、如何に効率を上げるか、
限られた時間内で高い生産性を保つか、ということに集中し、早いスピードで
仕事に向き合うことが楽しいと思える自分がいたそうです。この感覚はまさに
経営者の素養がある点であり、今に通じているように思います。
そのお陰で魚屋さんから就職のラブコールが当初からあったそうです。
 
その頃に、お父様から会社を見に来たら?ということで話があり、
大学3年からはアルバイトとして、現場の仕事、特に重い木材の搬入を
していたそうで、この時会社として取り組んでいたのが【マナー配送】。
現場の職人さんとのコミュニケーション、周辺の家庭への気配り、
そういう気遣いある会社の一員として、魚屋にいた時と同様に、徹底的に
効率化、スピード化を追求しながら、仕事に惚れ込み、のめり込んで
いらっしゃいました。
 
その状況下で、お父様からの会社への入社要請についてお聞きしますと、
笑顔で『全く無かったですね!』と返事が返ってきました。ご自身で探して
入社したのが個人向けの訪問営業で、1日200件飛び込みでリフォームの勧誘を
する仕事でした。どれくらい厳しかったかと言うと、初日から退職する新卒が
続出し、7日間で半分が退職したほどでした。
 
その厳しい環境で中澤さんは頑張り続けましたが、3ヶ月で流石に疲れ果て
転職の道を選び、ご実家には戻らずに、お父様の勧めで地盤調査の会社に
入社しました。ここでは法人向けの営業が主体だった為、前職の個人向けの
訪販営業とは違い、まず担当者に会うことができる。アポが簡単。
ということで、持ち前の明るさで1日30社ほどに飛び込んでいらっしゃった
そうです。
 
3ヶ月経過した後に、CADソフトの販売を手がけることになり、そこから
努力の結果短期間で50台分を販売した後、住宅事業で注文住宅の仕事に
携わることとなりました。地盤、キャドソフト、住宅事業と、短期間ながら
集中して取り組み経験を積みながら、0から1を創り出す厳しさや、上司の
会社やチームに対する影響度を学ぶことができたと話されます。
 
その後、ちょうど大学を卒業して3年で、お父様から会社に戻ってこいとの
声が掛かり、ナカザワ建販さんに25歳で入社しました。仕事への真剣さ、
熱意、仕事から楽しむこと、学ぶことを、小さな時から身につけて今に至って
いらっしゃること、これがこの笑顔を生んでいるのだと感じました。
 
★ナカザワ建販さんの強み。本業とのシナジー。
システム会社~多様なグループ会社
同社の経営理念、【未来を見つめ、新しい価値を創造し、幸せな家族、
豊かな社会の実現に貢献する】が大好きだと仰る中澤さん。
経営使命には【住生活環境の向上とお役立ち活気あふれる職場環境
づくり】とこの2軸。
 
今後を見据えた事業展開、ナカザワ建販の強みはたくさんある中で、
私は、取扱商材の多様性もさることながら、1同業他社でやりたがらない
配送事業の内製化とマナー配送。2将来自社工場にて新技術にすぐに対応
出来るように【加工力】を磨いているところ。3本業とのシナジーを生む
子会社事業。エニワン社はシステムの開発から16年間、のべ2300社の中小の
工務店経営にお役に立っています。本体のナカザワ建販は近畿地方中心、
エニワン社は全国に展開しています。その他には24時間駆けつけサービスを
運営しているクオデザイン社、新築増改築から公共建築まで手広く対応される
レビック株式会社等があります。
 
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これからも新規事業に果敢に挑戦され、グループ会社も多数設立し、
グループ売上を今の倍以上にし、多くの社長を排出される予定で、
常に笑顔とワクワク感を忘れずに、理念を大事にしながらチャレンジしていく
おつもりです。私もご一緒したいと思います。
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第40回 Animo株式会社 代表取締役 橋本典子 様

2018年05月16日

★2016年2月に設立の会社が2年で100名を超える大所帯に!
橋本さんが引っ張る同社のHPには私も掲載頂いております。
同社への想いを私も真剣に考え橋本さんにお伝えしましたら、
その文面をそのまま掲載頂いた次第です。まずは、その内容を
下記にお伝えさせてください。
 
☆Animoグループを応援して下さっているみなさまへ
代表の橋本さんと最初出会った際、『なんでこんなに笑顔が良いんだろう』
と感じたことを思い出します。Animoの語源から頑張ろう!とか頑張れ!の意味も
クローズアップされますが、【元気を出して!】とか【テンションを上げて!】
という意味もあるそうです。まさにこちらの意味のほうが、橋本さんには
しっくり来る感じの出会いでした。
 
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その元気の先には、社会課題の解決、社会的意義の追求である、
女性が「働くことへの喜び、生き生きと働ける環境づくり」があり、
そのアツい想いに激しく共感したことも常に新鮮感ある想い出として
記憶しております。母であり、妻であり、働く女性、そして会社経営へと
大きくチャレンジされる姿に感動し、母性愛に包まれた【心を尽くす
ココロを贈る】の企業理念に賛同し、微力ながら一助となれますように、
グループメンバー全員と一緒に【元気を出して!】世話人として
活動してまいります。
 
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と私自身もなにかコミットしてお役に立てたらと思い、日々お会いしている
橋本さんについて今月はお伝えしたいと思います。
冒頭の通り、まだ起業、会社設立して、2年が経過したところ、
5名でスタートした会社が2年後の今年2月には23倍の116名に、
急成長されている理由、これからの事業展開についてまでお話を伺いました。
 
 
★父を追いかけた起業家人生への道その1
1週間で10個のお稽古ごとを習わせてもらっていました!と明るく
お答え頂きました。そこにビックリ、土日も無い中での習慣化により、
現在休みなく働いても、3日徹夜しても仕事と向き合えるようにも
思いました。それにしても10の習い事は凄いですね。
そこで手を抜くのではなく、書道は師範の腕前、テニスはインターハイの
常連、県の代表という栄誉の中で頑張ったそうです。
 
ご本人も今の軸になっているのはこのお稽古ごとで鍛えられたマインド、
そして必ず達成すること、過密なスケジュール感を楽しめる、
ビジョンの持ち方に多大な影響があると仰っています。このお稽古ごとは
3歳からスタート、水泳、ピアノ、塾他に通い過密なスケジュールにも
全くしんどいなどの泣き言は言わなかったそうで、その原因はお父さんの
影響であると橋本さんは話します。
 
そのお父さんは不慮の事故で橋本さんが14歳でお亡くなりになったそうで
(お父さんは当時42才)、そのお葬式に1000名を超える方々が
弔問におこしになったこと、その原体験が今の橋本さんの生き方に
大いに影響していると感じ入りました。折角の人生、もったいない
生き方でなく、お父さんの様に周りの皆さんから忍ばれるような
生き方にしたいものです。
 
その橋本さんのお父さんですが、東大阪のネジ工場の経営者の子息として
生を受け、所謂、ボンボンとして育ったそうです。橋本さんから見ると
御祖母さん(お父さんのお母さん)の言うままの人生だったそうで、
大学までの学校も言いなりに。その大学生時代にお父さんが体験された
初めてのバイトが家庭教師。そのたまたまの生徒さんが余命半年のお子さん。
そしてその死を迎えた際に達成感の無い、やるせなさ、心にずっと
引っかかりながらも、お母さんの言われるがままに実家のネジ工場に入社。
 
しかし待ち受けたのが工場の爆発事故、この事故の影響で家業を
畳むことになったそうです。そこからお父さんは、前述の初アルバイトの
家庭教師での出来事を晴らすため、大学に再度入学、教員免許を取得し、
塾の講師となり校長として参画したのが33、4才の頃だそうです。
そこで教育の大事さ、本気でお子さん達に向き合い熱心に学問を教える
熱血漢溢れる講師として頑張った先の突然の死と繋がります。
生徒さん達から圧倒的な師事の結果が弔問1000人に繋がりますね。
 
お父さんが背中で見せた、教育の大事さ、10個のお稽古ごとの経験からも、
人生における【機会提供の大切さ】が橋本さんには知らないうちに
刷り込まれている様に感じます。橋本さんご自身の起業のタイミングの年令が
丁度お父さんと重なることもまさに運命のように感じ入ります。
ちなみに橋本さんの弟さんもお父さんに習い塾の先生から
現在会社メンバーとなり参画しています。
 
 
★父を追いかけた起業家人生への道その2
お父さんの死と向き合えない時期が思春期の最中で、テニスに没頭している
輝かしい選手人生でしたが、手首が悲鳴をあげるほど酷使し、手術をする
ほどになってしまいました。結果、テニスは引退。
そこから救急救命士を目指すことになりました。その頃付き合っていた
今のご主人と20歳で学生結婚し、21歳で長女に恵まれながら勉学は続行、
22歳で見事救急救命士の資格を取得、お子さんを育てながら仕事をするも
24歳で次女をご出産。
 
この頃、大きく降り掛かっていたのが、あることでの【借金】。
多額の借金を返済するのに、お子さんを育てながら、橋本さんは1日3つの
アルバイトを掛け持ちしていたそうです。朝8時~お昼頃まで近所のガソリン
スタンドでアルバイト、14時~16時まで、スイミングスクールでコーチとなり
(昔のお稽古ごとで培った力ですね)、夕方帰宅してご飯を作る、
そこから救急救命士の学校に夜行き(資格取得前)、学校が終わってから
夜の12時~朝方まで近所のファミレスで働いていたそうです。
 
まさに寝る間も無かったわけですが、橋本さんは、『アルバイトの合間で
寝ていました!私は目標が出来るとリミッターが外れるタイプなんです!』と
笑顔で答えて頂きました。正社員として働く環境の難しさもありながら、
悲壮感を跳ね返すのもこの笑顔があればこそですね。27歳でその借金返済と
同時にお子さんお二人のダブル受験を経験、ここでも機会提供をするために
私学へ(本当に頭が下がります)。
 
28歳で3人目のご出産、自宅を購入、30才でご主人が会社設立、ご自分は
3人のお子さんの子育てと向き合い、働きに出ていくことの出来ない環境下で
『なにか出来ないか?』、人とのご縁の中で『こんな事できない?』と模索した
結果出会ったのが竹細工。
 
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竹細工なら自宅で出来る!と思う一心で、そこから独学で、電動ドリルを
片手に、竹の性質も全く分からない中で、毎日毎日1年間竹に穴を空け加工を
し続けたそうです。その結果1年後にはその竹細工(竹を使った灯の細工)職人
として、有名な全国チェーンの花店からも受注するくらいの本格的なお仕事に
なったそうです。
 
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ご主人の起業がうまくいかなかった中、このお仕事で家族全員を養うという
状況だったそうです。この竹細工は、関西国際空港、有名ホテル、行政の
イベントでも活用されるほどになっています。働きに行けない中で
なにが自分に出来るかを探求したことがこの成功に繋がったと感じます。
 
 
★周りのお母さん世代の悩みを聞いての起業へ
運があるとか強いとか言われる橋本さんですが、ご自身ではどうですか?と
尋ねてみますと、『機会とどう向き合うか、その数が沢山あることだと
思っています。好き嫌いが多い中でこの厳しい状況に追い込まれたからこそ
うまくいったと思います、しんどい時もチャンスだと思える自分なんです』
まさに全ての経験は無駄にならない。と思う次第です。
 
このような忙しい、厳しい環境を過ごしてきた20代、周りの同世代の
お母さん友達からも慕われる橋本さん、いろんな悩み事相談も寄せられる
そうです。しかも何時でも、夜中でも対応するそうです。ほんとうに
心が広い方だと思います。相談事から見えてくるのが、現代社会の問題点、
シングルマザーの貧困問題、働き方改革とは縁遠い家庭環境、仕事に行けない、
子供さんを預けられない、教育機会の少なさ、様々な相談を聞いているうちに
次に向かったのが起業、そしてこの数多ある社会課題の一つ一つを解決する
事業を行うこと。
 
それが、冒頭のAnimo社への私のコメントに繋がるものでした。
同社の企業理念【心を尽くすココロを贈る】ことに世の中のお母さん、
お子さんたちへの教育機会提供を目標に各事業を運営されています。
 
 
★女性が輝くステージを提供し続ける事を喜び、目標として
Animo社の事業概要について触れておきます。
 
・派遣事業→お子さんを持つお母さんにある最初の壁である【社会復帰】。
そこからの【キャリアアップ】。まずは働きやすいお仕事の提供が出来る
ように、企業側には働くお母さんの多様な働き方を啓蒙していくこと、
そこにキャリアコンサルタントによるフォローをキチンと入れていく。
お母さんたちの復帰を支援することは大切ですね。
 
・ビジネスマナースクール→働くことの前に、【学ぶ】ことの方が大切な
お母さんたちも多いという気付きから【社会復帰をスムーズにするための
教育】。ビジネスに関わる講師陣を短期間で集めて来られたのも橋本さんの
想いに共感する女性が多いからこそだと思います。
 
・保育事業→働く場所が決まっても、お子さんを預けるところが無ければ
働けない。そこで自社ではじめた保育園。学びの場所にも、働く場所にも、
双方にあれば安心してお母さんたちは社会へ復帰できるはずとこの事業を
展開されています。ことしの3月で24の保育園が展開されることに。
どえらいスピードでの展開です。
 
・保育運営委託事業→内閣府の認定保育園である【企業主導型保育園】の
運営を受託していくもの、国としても急務であり、設立・運営に関しての
助成も大きく、この制度と企業を結びつけることで大きく事業を進展
されています。
 
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この様に、お母さんの【悩み】を事業にし、課題を解決されている橋本さん、
今後の夢、目標について伺いました。
『今後、未来を担う次世代の子どもたちが夢みられる社会を創っていきたいと
思います。そのために大人も夢を持ち、叶えられる社会になることが大切です。
行政では時間のかかる変革も私たち民間で創り上げることが可能です。
女性活躍を応援する企業と手を取り合い、企業が運営する保育園を日本中に
作り、自宅近くの保育園に安心して預けられる環境を構築していきます。
また、アニモは社会復帰を目指すお母さんの力強い存在であり続け、働き方
改革も、働くことの楽しさも、未来を愛することも、自社で率先して取り組み、
次世代の子どもたちに未来を創造し、ワクワクする大人の姿を見せ続けて
いきたいと思います。』
 
大きな夢、計画でありながらも、逆境をも素敵な笑顔とチャレンジ精神で
跳ね返して、【お母さんの悩み解決・お子さんへの機会提供】で明るい未来に
役立つ企業経営者になられると確信しています。
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第39回 ときまたぎホールディングス株式会社 代表者 土井新悟 様

2018年04月19日

★日本のみならず世界ともつながっていく
本日の土井さんとは、まだ5年弱のお付き合い。しかし、期間は短いものの
幅広い視野で新規事業、グループ企業を構築される中で仲良くして
くださっています。控えめであり、ご自身からリクエストの少ない中でも、
早い段階から私の支援を申し出てくださった恩人でもあります。
ここ最近は大阪近隣だけでなく、東京、海外にも事業構築の繋がりが広がり
まさに地球規模、世界と繋がって行かれるお話をお伺いして参りました。
 
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★小学生から天才的な商売の才覚
土井さんとお話していて、ご自身の経歴の説明の中で、【職人さん】と
話される場面に何度か遭遇したことがあります。この【さん】にいろんな
意味を感じる次第です。その仕事があったから今の事業家の姿があり、
現場を支える【職人さん】への敬意の気持ちが【さん】となって
現れていると感じます。
その土井さんの小学生時代、既に稼業を支える才覚があったそうです。
土井さんのご実家は【街の電気屋さん】その仕事への真剣な姿勢を見せる
お父さんに憧れ、尊敬し、いつしかお父さんの様な仕事がしたいと
思いながら育っていかれたそうです。
 
お客さん本位のお父さんの仕事ぶりをお聞きすると、冷蔵庫を設置する際、
古い冷蔵庫を撤去後、その周辺の壁・床等々を綺麗に雑巾掛け〜掃除を
徹底的にするのは当たり前、お客さんの自宅に上がれば視界の届く範囲で、
家電製品の型式〜製造年を記憶して、一歩外に出た瞬間に細かくメモをして、
次の買い替えニーズを把握するマメな仕事人間だったそうです。
そのメモを見返し、適度な時期にお客さんに声掛けすることで
買い替え需要・修理ニーズを引き出して売上を上げるという仕事ぶり。
そのお父さんの姿勢をいつしか見習おうと土井さんは思ったそうです。
 
ただ他方絶対真似してはいけないこと、それはお父さんが集金ベタだったこと。
気前が良い方で、今お金が無いというお客さんには無期限で待っていたそうで、
家計は厳しい状況。そこからの脱出だけを考えるようになっていったそうです。
小学校時代のエピソードには、9才くらいからお店の手伝いをしていたそうで、
ある年の年末、お店で年末セールを手伝っていて、通りすがりのお客さんに
土井さんは大売り出しの声掛けをしている際に、『全く振り向いてくれない、
通りすがりの人達を相手にするくらいなら訪問販売をした方が良いのでは?』と
お父さんに提案したそうです。
 
そこからトラックに蛍光灯を載せ、1軒1軒売り歩いたそうです。
その際、前述のお父さんの徹底した仕事ぶりを取り入れ、単に蛍光灯を販売
するのではなく、取り替え〜照明器具の掃除つきで対応すると、瞬く間に
近所で評判になりかなりの売上貢献になったそうです。
そんな才覚溢れた行動からか、中学2年には、自身の仕事の青写真、計画表も
策定し、その時点でお父さんの電気屋さんを引き継ぐために高校卒業後は
3年で【修行】を終え実家お店の手伝いをすると決めたそうです。
中々ここまで計画を決めての行動力には頭が下がります。
 
★徹底的に仕事で経験、実践先輩経営者からの学び
中学2年に策定した計画表に従い、高校卒業後の就職時、『3年で辞めますが
雇って貰えますか?』と一番最初に質問をして採用してくださった電気工事
会社へ就職。30名ほどの会社、東京、名古屋、大阪と手広く事業を行っている
会社だったそうです。入社後すぐに朝一番で出社、お茶出し〜掃除を行うこと、
先輩や上司から言われることなく自分は見習いだから何も出来ない
今出来ることを考え自発的にやっていたそうで、そこを見ていた社長さんから、
すぐに鍵を預けられる【信用】を得ていたそうです。
 
そこから社長に新聞、本を借りたり読み方を教えてもらったりと社会人として
必要な勉強も教わりながら、とにかく3年で一人前になることがマストであった
ことから、盆と正月以外は休まず、朝6時30分に出社〜夜1時、2時までは仕事
に没頭されていたそうです。昼間は現場仕事、会社に帰って積算、設計、
独り立ちしても大丈夫なこと全てを手間の掛かることを敢えて選んで
やっていたそうです。頭が下がります。
 
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この仕事ぶりから、3年で辞める事が許されず、3年半で退職、この就労期間でも
退職金を社長さんから頂いたそうです、これもスゴイお話ですね。
この時期、家電量販店の出店ラッシュの頃、ご実家の手伝いの計画は白紙にし、
電気工事業の道を選択、当時では珍しい業務委託を辞めた会社から受ける
カタチで独立自営の道を歩むことになったそうです。
 
★事業の拡大〜変遷
1999年に一人でスタート、半年で有限会社設立(土井電業)、当社は寝屋川にて
間借り(ジェットスキーのショプの空きスペース)、広さは3畳ほどだった
そうです。熱心な仕事ぶりで顧客から支持を受け、2年目で2名に、
4年目で4名、3年目で大東市の倉庫兼事務所に移転。2005年には8名に、手狭に
なってきたこと、人材採用強化もあり、2006年に現在の大阪市都島区へ移転。
当時【家賃の出世払い】を大家さんが良い人で対応くださり、相当の安価に
入居させてもらったそうです。現在はその家賃も当時の倍ほどになっている
そうで、まさに出世された証ですね。
 
2018年3月現在、グループをまとめる、【ときまたぎホールディングス
株式会社】その傘下に、8社。
起業した際の電気工事業を行っている【株式会社土井電業】、電気工事から
派生し、通信分野に事業を見い出し、セキュリティ、省エネ、住設機器まで
幅広く取り扱う【株式会社プロック】、工事業全体を視野に入れた際に、
隣接業種である建築、不動産、リフォームこちらを主たる事業として
【株式会社築拓(チクタク)】、土井さんが電気工事業でバリバリ働いている際に
自分が仕入れる電設資材を地方の同業者に販売すると喜ばれるようなサイトを
創るのはどうか?と思い立ち電気工事業者向け専門サイトのスタートから
事業化・法人化した【株式会社fuel】、元々グループバックヤードである
経理面、経営サポートを行うことで取引がスタート、そこからグループに
参画した【パーカーズ・ピース株式会社】、経営者仲間のご紹介で知り合った
当時18歳の起業家、岩倉さん、彼が和歌山でWebデザイン〜ブランディング
の事業で起業する際に応援するカタチでグールプにジョインへ。
 
土井さんがお会いした頃からご実家(和歌山県三尾川(ミトガワ))の農業の
再興事業にも。
2016年9月に週の5日間は和歌山に住み本気で農業・地元に向き合い
地域に根ざし、恐ろしいくらいに草木が生い茂っていた元田畑を見事に復興、
竹でハウスを建て、有機野菜の栽培、今ではオーガニックのバラを数千本まで
栽培するレベルにまで事業化されています。この主体を地域の方言から
【株式会社あがらと(自分たちとの意味→主体的に、自立へ)】を設立、
このあがらとが生産するバラをオーガニックの本場であるフランスで勝負する
ために最近フランスに会社設立するところまで展開が多岐に渡ります。
 
★200社の企業群を目指して
電気工事業からスタートしてその近隣業種に展開をしていく連続性を感じます。
また事業と直接関係の無いように見えますが、経営サポート、同業他社への
通販事業、Webデザイン、農業、海外へと非連続のようで、グループを統括する
ホールディングスの視点で俯瞰すると全てが繋がりのある事業として映ります。
それが創造的発展系として大きな絵を土井さんは描いています。
2045年には1社あたりの平均売上を10億円に想定し、
200社を設立・グループ化し2000億の企業群を創っていこうとされています。
そうすることでときまたぎグループのコミュニティが世界各地の
文化を融合していくイメージをお持ちです。楽しみですね。
 
★メンバーと未来をド真剣に考える
この短期間でのグループの拡大を土井さん自身が一人で考え引っ張るのでは
なく、2013年に会社の主要メンバーで毎晩遅くまで自分たちの在り方、
会社の在り方、視野を広げ日本、地球、人類レベルでどうあれば良いのか
という大きなテーマで延々と対話を繰り返したそうです。一企業の枠組みを
遥かに超えたところに敬服します。
そして、作り上げたプロジェクト名が【ときまたぎ】その名前を冠にホール
ディングスを設立【ときまたぎグループ】となりました。時空、時代、
エリアを超えて。
 
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その想いがHPにも掲げていらっしゃいます。
『私たちときまたぎグループは、大自然と人とのより良い調和のかたちを
第一に考え、効率的な自然エネルギー循環モデルの開発及び普及と、自然の
大切さを学び合う共育活動の実践を行なうグループ企業です。地球全体の
『いのちの循環』に寄り添う事業を展開し、未来型の自然と人との共生の
あり方、地球に生まれた企業としての役割を、みなさまとともに追求して
まいります。』
この大きな命題をクリアにしていく一歩一歩が確実に実現する領域になって
いかれているところも興味深いです。
 
具体的には、
・カンボジアや土井さんの地元和歌山での水車プロジェクト、元々昭和の
初期までは地元に根付いた電力会社が全国にあり水車で発電していたそうです。
今でも当時の疎水、水路が残っていたりするそうでその復活で、エネルギーの
地産に取り組もうとされています。
 
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・地消にも取り組むプロジェクトとしても、電気エネルギーを効率よく
(都合よく?)遠くに運ぶための仕組みが現在の交流。しかしパソコン、
スマートフォン〜多くの家電製品は直流ですね。
その結果、交流→直流に変換する熱を帯びたトランスが世界中に溢れること。
その為にも水車で発電した直流エネルギーをその場で直流として活用する。
その実験も進めて行こうとされています。もしもの話ですが、直流が世界中の
当たり前になった瞬感、大きな発電所は不要な世界観へ。壮大です。
 
・新しい発電システムの考案、土井さんがふと思いついたこと、特許出願前
ですので詳細は残念ながらお伝えできませんが、世界がアッと驚く発明品が
出来るかもしれません。これが出来ると送電の仕組みから全てが変化する
新しいことに。既に某大学での結果も出ており、数年後に発表されることが
楽しみです。
 
・ハンモックチェアの制作、今までに無かった発想でのオフィス家具を製作に
動いています。もうすぐこれもお披露目に。仕事が楽しくなる、身体にも
優しい椅子の登場です。
 
上記以外にも、今まで誰も見たことも聞いたこともない、商品、食品、製品、
サービスが生み出されようとしています。本当に楽しみですね。
これも同社の【想い】から全てが考動→実行・実践へ繋がっていると感じます。
最後にその想いをお伝えし、土井さんの活動を楽しみに応援していきたいと
思います。
 
【『持続可能な社会の実現』が至上命題となっています。近代化のなかで
物質的な豊かさを追求するあまり、人間は地球規模の深刻な問題を生み出して
きました。例えば環境破壊の問題。これまでの社会では、自然環境を軽視した
過剰な開発や消費が行われてきました。しかし、今取り組むべきことは
そういった過去への批判ではなく、よりポジティブかつ具体的な未来への
アクションなのではないでしょうか。
私たちは個人や組織としての利益を再優先するのではなく、大自然と人類の
叡智の協働によって永続的に発展する社会を、みなさまと共創するために
事業を展開します。】
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第38回 株式会社mannaka 代表取締役 柴田 雄平 様

2018年03月17日

★なんか親子みたいな感じですね〜
 
仲良し親子みたいな感じに見えますね〜ってよくお声を頂きます。
年の差22才。いつも元気なしばたさん(ひらがながしっくりくる感じ)
について今月はお伝えしたいと思います。
 
元々は同い年の起業家仲間の虎石さん(このコーナー、昨年の10月に
ご出演「ご縁結びのコーナー第33回 株式会社C-mind 代表取締役
虎石 克 様」
)から『杉浦さんに是非紹介したいアツい友人がいます!』と
ご紹介を頂きました。
 
そこからまだ2年と4ヶ月!実際4~5年じゃなかった?
と思えるくらいのお付き合い。年数じゃないですね。
楽しい時間をしばたさんからは頂いています。
 
mannaka1
 
お会いした時の印象ですが、【元気の塊(かたまり)】って感じ、
それと【大きな夢】を語り、しかも【実行力・現実化】することに
長けている事がお話を伺いすぐに感じました。周りにも素直、
そして自分にも素直に生きている、活き活き感満載の若手起業家
という感じでした。
 
 
★知らなかった起業までの道筋
 
お会いしてからは、【今】と【未来】について話すことばかりで、
今回初めてしばたさんの【過去】についてお話を伺いました。
『俺ってサッカー1本だったんすよ〜』とまずビックリ。
 
元気が溢れ出るしばたさんですが、スポーツ系の話を今まで聞いたことが
ありませんでした。中学、高校とサッカー一筋、埼玉県の代表も常連で、
得点王の経験も。ご自身も周囲も、高校卒業後はプロサッカー選手への道を
歩むこと以外は疑う余地の無い進路。しかし卒業2ヶ月前にプロチーム
入団前のメディカルチェックでまさかのアウト。入団できない事が確定、
サッカーも続けられないことから、大学への道もなにも無いと。
 
しかし全く落胆することなく、すぐに次の世界へと料理人を目指すために
専門学校へ。ここでも手を抜かずに腕前を上げて、卒業、就職したのが、
当時、某国大統領までが食事に来るような高級フレンチのお店で働くことに。
 
ここで仕事にのめり込み毎日休みなく、朝5時~夜25時までお店に
20時間!いる状態。行き帰り自転車で1時間、睡眠時間3時間無い状況で
頑張っていたそうです。いかに一所懸命でも体力的にもキツく、
約半年でこのお店を辞めることに。ただ辞めるだけではないのが
しばたさん流、辞めた後なにをするか?なにができるか?を念頭に
またチャレンジングな行動に1歩を踏み出します。
 
海外に行って、ヨーロッパの家庭料理を学んで日本に持って帰って
仕事に活かしたい。お金がなくてもなんとかなるだろう。
と当時手元の50万円で飛行機に乗ったそうです。野宿、馬小屋、ワイナリー、
移動はヒッチハイクと場所を転々としながら、旅行を継続、訪ねた場所で
子どもたちがサッカーに興じているところに一緒になってサッカーを
やっていると、子どもたちの人気者に。
 
その気に乗じて、『俺料理上手なんだよ、美味しい料理作るよ〜』と話すと、
その子どもたちの家庭に招き入れられ料理を作って振る舞う。
そうすればその街で評判になり家々に招き入れられ料理を作ったり
サッカーを教えたりしている内に、その家庭の味にも触れることにも、
ヨーロッパの家庭料理を学ぶ良い経験にもなったそうです。
 
また旅先でさまざまな家庭に触れていく内に、【家庭(家族)を大事に
している】、【遊び(趣味・余暇)】も大事に】、【自分の仕事にプライドを
持つこと】、【個性の大事さ、価値観の違いも大事】と日本人の社会、
会社生活だと学ぶことのない大事なことを体感していったそうです。
飛行機代込で50万ながらの貧乏旅行。半年後にお金が無くなり帰国することに
なったそうですが心豊かな素晴らしい旅として経験をお土産に日本でまた
新しいチャレンジをすることに。
 
帰国後1年間は料理人としてお店に立ち、気付けば副料理長に。
飲食店の経営を学びたいと転職し、店舗の新規出店の企画、そして日々の
運営に携わるようになっていき、お店の【経営】の楽しさを学んでいった
そうです。24歳のときには個人では出店できないようなプロジェクトを
完全に会社から任せてもらい、大きく計画と上振れする実績を創って
いったそうです。素晴らしいですね。
 
その場に留まることに満足しないしばたさん、次にはマーケティングの勉強を
始めます。本人曰く朝から夕方まで飲食店の経営、夜からマーケティング、
マーケッターとしての仕事に没頭、ここでも仕事人間として、双方実績を
残しながら。マーケッターとしては、大手コンビニが出し大ヒットとなった、
ロールケーキの商品開発からマーケティングの仕事に携わり、【企画】する
ことの面白さを学んだそうです。まさにしばたプロデューサーです。
 
その店舗運営~マーケティングを実践で学び、実績を創って行きながら、
飲食店10店舗の出店から運営、27歳には念願の六本木ヒルズへも
出店を果たし、その実績を全てお世話になった会社に置いていき、
自身で独立の道を選択することに。
 
 
★美味しい食事とお酒に感謝と乾杯
 
以前は毎月のように、しばたさんと私で開催していた【夜会】、最近は
2ヶ月に一度門前仲町のしばたさんのお店で行っています。
そのお店がこちらの【おはしキッチン】です。
 
mannaka2
 
このお店ではいつも貸切で。ここで多くの起業家、フリーランス、各企業の
プロフェッショナルな人等々の皆さんと交流をさせていただいています。
まさにここがしばたさんが独立して最初に出店した1店舗目。
起業後すぐに2店舗を出すのはかなりリスキー、チャレンジング。
しかししばたさんは勝算ありと行動を興します。
 
そちらが、茅場町にある【煮炊きやおわん】です。
今ではランチ3回転半と難度の高いオリンピックの体操ワザと同様ウルトラ級に
入店が困難なお店になっています。
 
コンセプトとしては、繁盛料理店の宿命である、土日出勤がまず無いお店。
土日は休業、素人でも店舗運営が出来る体制づくり、そして重要なキチンとした
収入がある利益体質の経営。これをこのお店は当初から達成しています。
過酷な労働時間、給与体系の低さから人気が無い飲食業界を本当の意味で
盛り上げるしばたさん、想いの深さも感じます。
この飲食業態の会社が【onakasuita株式会社】
会社のネーミングも素敵です。
 
 
★リアル~マーケティングの世界で
 
飲食でも面白い経営を目指すしばたさんですが、出社する事務所もない
会社運営、まさにクラウド上に存在する会社をもう1社立ち上げています。
飲食業態の次に興したのが、株式会社mannakaです。
こちらもユニークな名前。
インターフェースの役割を行う、みんな(クライアント)の真ん中にいる会社で
あり続ける思いを社名に込めています。
 
mannaka3
 
飲食会社で学んだ【企画力】、そこを世の中に提案していく会社です。
デジタル社会が進むに連れ、ホンモノが見え辛くなっている現代、大事な
【モノ】や【コト】の価値を見い出し、【温かみ】【優しさ】【感情】を
大切に、これからの時代に必要な、想いある【共創】【価値】を生み出す
会社を目指しています。
 
そして同社が大事にするワークスタイルにある【顧客を尊敬】、【仲間を
尊敬】、【個人を尊敬】、【繋がりのある人や企業を尊敬し、強固な
信頼関係を気づくことで最高の成果を生み出す】に私自身も共感し、
昨年末から参画させて頂くことになりました。
 
mannaka社では、マーケティング、web開発が主たる事業となっていますが、
私が面白いと思う一つに自社メディアを持っているところだと思います。
現在は5本のオウンドメディアを運営しており、こちらとクライアントとの
メディア連携も大きな力を生み出しています。
 
ケノコトについて「日常がもっと楽しく、もっと美味しくなるように、
きっかけになるコトを発信していきます。」とあり、ここでライフスタイルの
提案、ホンモノを見出す場所の提供役となっており、センスある女性、
お子さんが小さなお母さんから支持を得ています。
あのキュレーションメディアの事件があった頃、真面目に真剣に運営している
メディアの存在として日経新聞にも良い意味で記事化されたこともあります。
 
☆PILESGARAGEについて「ライフスタイルに合わせて、どこからでも選ばれる
杭のような人材へさまざまなところから欲しがられる人材になりたい人が集まる
プラットフォームです。」とあります。
実は私はここで、整備士として登場しています。
 
また記事としてもこちらで取り上げていただいています。
・年間1,000人以上の経営者に会う世話人 杉浦佳浩氏から見た
「社会に『欲しがられる経営者』とは?」
【前編】【後編】
 
もうひとつ記事としては、【組織の頭を柔軟に―あなたの会社を
mannakaの視点で深堀する柔めディア】ということで発信しています。
juunanインタビュー Vol.5 「代表世話人 杉浦 佳浩さん」
〜たまに喫茶店で寝ています〜

 
本当にしばたさんの発想は柔軟ですね。驚くことばかりを瞬時に行って、
具現化していかれます。この企画力で、今では100社以上のクライアントと
お付き合いとなっているしばたさん、中には誰でも知っているナショナル級の
クライアントとも付き合いが始まっています。会社規模も2社併せて21名の
仲間でこの人数規模で大きな仕事に立ち向かっています。
この2社の動き、しばたさんの活動範囲、奇想天外な【企画力】の世界に、
益々楽しみに感じる次第です。
長きに亘って私もご一緒できますように、願っています。
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第37回 エッセンス株式会社 代表取締役 米田 瑛紀 様

2018年02月09日

★経済産業省「我が国産業における人材強力化に向けた研究会」
メンバーに選出
 
働き方改革元年は昨年の今頃から急に熱を帯びてきましたことを
思い出します。しかし、実際の改革実態は?と感じますね。
旧態依然とした感じで【時短】【早期退社】ってことだけが
先行することに違和感を覚えます。
 
今回は会社ミッションで【新しい仕事文化をつくる】を掲げて、
【企業と個人の新しい関係性を実現する】ことへチャレンジングに
立ち向かっていらっしゃいます、エッセンス社。
そしてその代表である、米田さんについてお伝えしたいと思います。
 
essence1
 
米田さんの略歴について、
・1973年12月7日生まれ(43歳)広島県出身、射手座のO型
・1996年大学卒業後、アズグループ入社売上高5倍、
企業規模拡大に貢献取締役ゼネラルマネージャーへ着任
・2000年フィクスコミュニケーションズ株式会社創業メンバー
営業責任者として9年で20億の売上をあげる営業組織を構築
・2009年エッセンス株式会社を設立。
・2017年経済産業省「我が国産業における人材強力化に向けた研究会」
メンバーに就任
 
一貫して人材系でご実績を積んで来られ、20代から、事業の組み立て、
組織づくり、そして売上規模拡大までも若くして経験されています。
加えて、昨年発足の「我が国産業における人材強力化に向けた研究会」
にも選出。
聞くところによりますと、数十倍の候補者から選出されたとのことです。
以下がその研究会のメンバーです。
『第1回の参加者名簿』
 
以下経産省のHPより
『我が国産業における人材力強化に向けた研究会「必要な人材像と
キャリア構築支援に向けた検討ワーキング・グループ(人材像WG)」
第4回を開催します』

 
 
★米田さんとの出会いについて
 
2013年の秋、まだ私がサラリーマンの時に、(株)アマテラス藤岡さんの
御声掛けで人形町あたりの居酒屋でお会いしたのが最初と記憶しています。
東京の人材系の方と会計士系の方々との楽しい夜会でした。
そこから一度会社訪問をということで、お伺いさせていただき、
事業概要についてお教え頂きました。その中で、プロパートナーズ®への
思い入れの熱さ、今後の働き方のプロローグを当時感じました。
 
その時に、米田さんから『杉浦さんもプロ人材で登録されても
良いんじゃないですか!』と仰って頂けたのは、翌年実際に独立する際に
私の背中を押してくださった大きな一言だったと思っています。
その後いろんな場面特に人数多めの忘年会や夜会でお見かけすることは
あったのですが、事業についてのお話をさせて頂いたのはそこから
少し時間が開いて、2年前2016年の1月頃と記憶しています。
 
都会のプロ人材を地方へレンタル(シェアリング)できないか?という発想を
米田さんから頂き、まさに地方活性化のお役立ちが出来るのでは?と思って
お話を伺いました。
都会の有能な人材をUターンやIターンで地方に、と、いろんな行政や
人材会社がチャレンジして不幸な結果を招いているのを見て『違うよな』と
思っていたところに、【出張ベース】で地方に赴くことでも
相当な価値があると思いました。
 
 
★四国銀行へのご紹介、大きなリリースへ
 
私がサラリーマン時代から懇意にさせて頂いていた、地方銀行。
特に高知県に本店がある四国銀行、こちらの現在本店の部長を
務めておられる方が部長代理時代から懇意であり、まさに地域活性化、
地元優良企業における新規事業展開等々についての課題をお持ちでした。
 
翌月2月には米田さんをお引き合わせし、その2ヶ月後には実際に米田さんが
高知に出向いて具体的な打ち合わせに入ってくださり、第一号のプロ人材が
すぐに具体的に成果を挙げて頂くことになりました。
そこから本格事業提携に話が進み、2016年の10月には共同リリースに
至る所までとなりました。実際動き出してからの提携へのスピードは
金融機関としても異例と思えるくらいの速さでした。
 
『【ニュース】2016/10/25 四国銀行との業務提携のお知らせ』
 
その後も昨年の秋には広島銀行と事業提携が成立し、今後も地方銀行との
連携を加速していこうとされています。都会の優秀なプロ人材が
地方で働く、シェアリングするということも新しい働き方と思いますね。
 
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★2つの事業の柱であるビジネスモデルについて
 
□プロパートナーズ®事業(プロ紹介サービス)について
前述の四国銀行での提携はこの事業でした。人材業界で顧問事業が
ブームになって久しくなりますが、ITの壁、会社組織の高度化・複雑化により、
60代・70代で過去の大京時代の【過去の肩書】だけでは
ここ最近の【顧問業】は成り立たなくなっていると肌で感じています。
現場感覚の無い(解らない・理解できない)で上から目線だけでは、
現役世代は見向きもしないというところだと思います。
しかもITリテラシー低い事が大きな隔たりを生んでいると思います
(未だにガラケーだけの方もお見受けします)。
 
そこにいち早く気付き、【現役プロ】に拘り、そのプロが1000名以上登録する
【母数】への拘り、月2回(2時間程度)という導入しやすさ、
試しやすさへの拘りを【売り】にされています。
 
登録されている年代も若い方だと20代から、中心世代は30代後半から
50代前半とまさに現役世代という感じ。中にはベンチャー企業在籍の
取締役が、腕試し、自身の能力アップ、他社での経験を自社で活かす
といった強者まで登録しているそうです。
領域としても、【営業戦略系】、【新規事業推進系】、
【マネジメント強化系】、【社外取締役】、【人事領域】、【上場領域】、
【財務領域】、【広報・マーケティング、PR系】、【IT領域】と
多岐に渡ります。
 
評価が高い理由の一つには、誰彼無しに、プロ人材として登録しないという
確固たる指針を持っていることだと思います。エッセンス社では、
プロ人材として応募してくる候補者の審査を厳格に行っており、
審査の通過率は37%程度だそうです。私がプロ人材として認めてもらい
喜んだのもこの通過率数字からでした。
このサービスはエリアを選ばず、中堅中小企業の課題解決、事業拡大期の
助っ人等々いろんな場面で活用できると思っています。
 
本事業の専用HPはこちらです。
 
□ナナサン®事業について
『東京電力さんで活用頂きました!』と満面の笑みで米田さんが
仰ったのが昨年の春頃。『それは凄い事で!』と私も懇意の
大企業(従業員規模:2万人)にご紹介、現在2回目の試験運用を
行っていただいています(リリースを待ち望んでいます)。
 
私も現役サラリーマン時代に感じていた、【企業研修】。
多額の投資をしてくださったことには感謝していましたが、
座学→眠い→体験値が低い→研修期間を過ぎればすぐに消え行く、
そんな連続でした。このナナサン事業は大企業にとっては画期的な
【研修事業】と私には映りました。
 
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ナナサンの意味は、7割3割から由来しています。同社の専用HP冒頭には、
【「7割現職、3割他社留学」の働き方を通じ、キャリア開発を実現する
「ナナサン」。次世代リーダー候補に必要とされる、課題解決力、
変化対応力等多様な育成ニーズを満たすために、「現職につきながら
他社で活躍」する機会と場を、送り手企業と受け手企業のシナジーある
マッチングにより実現します。これまでとは違った新しい研修スタイルにより、
新しい働き方の可能性を社会に提供します。】とあります。
 
ナナサンHPはこちらです。
 
大企業人材の【他流試合】でベンチャー企業に。まさに実体験を積める
素敵な研修モデルと思います。大企業が如何に恵まれているかも認識できると
思っています。大企業ではアリエナイ、20代での役員会出席もベンチャー企業
では当たり前の世界、この経験値本当にキャリアデザインに意味ありますね。
 
他方、受け皿となるベンチャー企業は、大企業の人材を無料で活用できる
メリットがあり、しかも大企業と繋がりがもてる可能性や、社内活性化にも
つながります。
私の個人の意見ではありますが、大企業若手人材のみならず、40代後半~
50代のホワイトカラー人材(若干消耗状態の皆さん)にも社外の風にあたり、
自身のキャリア設計を見直す良い制度に活用できると思います。
人生100年時代、まだまだ先の長い方々へも良い流れが作れると思いますね。
 
 
★米田さんへの質問〜今後について
 
事業モデル、出会いについてお伝えして参りましたが、そもそもの
今までに至るキッカケについてお聞きしました。
 
・起業のキッカケ
⇒もともと、高校生の時に、35歳で起業しようと思い立ちました。
起業したいという理由は、父親が固い公務員であり、叔父がかっこいい
2代目の経営者であり、同世代の両極端な大人を見て、無意識に理屈なく
自然と、将来はかっこいい叔父のようになりたい。それが経営者という
仕事であり、立場であり、働き方であったことです。
 
・プロパートナーズ事業を始めたキッカケ
⇒セールスアライアンス事業というのが、今のプロパートナーズ事業開発に
繋がるわけですが、当時のビジネスモデルは、BtoBの販路を拡大したい
企業に対して、経営者との人脈を100人以上持っているレップという方々を
30人程度活用し、約3000社の経営者ネットワークのプラットフォームを
活用したビジネスマッチングでした。
 
このビジネスモデルは、当時名刺で有名なSansanさんや上場された
リタリコさんも活用してくださり、一部のメディアにも取り上げていただき、
勝手に結構盛り上がっていたのですが、実際には、ご相談は多くの企業から
いただくものの成果に繋がりにくく、レップの方々も思うように動いてくれず、
収益も上がらず、創業メンバーの退職などと重なり、創業初年度から
倒産の危機を迎えることとなりました。残ってくれた創業メンバー1人と
改めてガチンコで語り合い生み出されたのが、今のプロパートナーズです。
 
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当時のビジネスモデルからの変革のヒントは、クライアントからの
生の声でした。クライアントから、「Aさんというレップなら、顧問として
専属契約したい。さらには、レップの方も、Aさん専属なら本気で支援したい」
というとてもシンプルな話でした。それから、営業領域のプロから始まり、
新規事業、CFO、人事など多方面でのプロニーズが増えて、今に至ります。
 
・ナナサン事業を始めたキッカケ
⇒1.30前後の大手優秀層のキャリアカウンセリングを通じて、隣の芝生が
青く見え、辞めなくても良いであろう理由で、転職を考える方から、
他企業もみる機会でもあれば、とてもうれしいという声
2.プロパートナーズ事業を通じて、週1回でプロジェクトを支援する
取り組みを500社以上通じて、他社留学先での週1プロジェクトを
マッチングできるノウハウがあったこと
3.プロパートナーズに登録しているプロ人材1000人を見てきて、どこでも
通用するスキルを意識し、他流試合を実施している方が多かったので、
一人でもそういったプロ人材育成につながる事業をしたかったこと
 
・今後の御社の展開について
プロパートナーズ事業
⇒5年後には、企業における社外のプロ人材導入が正社員比率の5%になり、
プロ人材の導入に関わった社員の生産性が向上している。
 
ナナサン事業
⇒5年後には、大手企業の3%が他社留学経験者で、オープンイノベーションが
加速し、研修対象者の生産性が向上している。
 
と話されています。ここ最近は、働き方に関するメディアもスタート
されている米田さん。
楽しみが増幅します。
 
働き方に関するメディア「ハタラクミライ」HPはこちらです。
 
前述の【今後の展開部分】については、これからの日本には
もっと大きな数字が必要だと思います。この2つの事業が【刺激】となり、
より良い働き方改革に繋がることを願います。
米田さんと益々ご一緒したいと思っています。
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第36回 大成株式会社 加藤専務様・加藤次長様

2018年01月10日

★私の為に専門部署まで創設下さいました!
 
今月は、お二人の加藤さんについて。と言いましても、
仲良しご兄弟の加藤さんについてお伝えしたいと思います。
 
katosama
 
おおよそ3年ほど前からでしょうか、私の周囲の複数の方々から
『大成株式会社さん知っている?』とか『大成さんって良い会社ですよね!』
ということをお聞きしていた後に、初めてお会いしました際に、
お話しましたのが、当時まだまだこれから感のあった、
スタディスト社の【TeachmeBiz】。
ご紹介させていただいてから
同社の評価も私の評価もうなぎ上りに。
 
結果こちらのとおり、スタディスト社のTeachmeBizのHP上に
大成社のことが掲載されるほどのヘビーユーザーとなって頂きました。
 
総勢6700名、ビルメンテナンスの会社(パート・アルバイトさん含む)
において、マニュアルは生命線、仕事の段取りから引き継ぎに
【TeachmeBiz】は威力を発揮し、業務効率アップに
お役に立っているそうです。その旗振り役に奮闘されたのが、
当時営業部署にいらっしゃった、加藤千加良さん(弟さん)でした。
 
その動きを見られた、お兄様の加藤憲博(当時取締役本部長)さんが、
千加良さんと私がやり取りしやすいように、新規事業の部署を
立ち上げてくださったのでした。私の為に部署まで、この実行力にびっくり。
そこからスタディスト社とも関係が深まり
 
昨年の5月にはこちらに記載のとおり、
【富士通、大成、スタディストの3社が、IoTを活用したビル設備
監視システムの有効性を共同実証〜ビルメンテナンス業務における
効率性とサービス品質の向上に向けて共同実証〜】

として大きく日経新聞にも取り上げられることになりました。
 
現在はいろんな企業、経営者さんをお繋ぎさせていただくだけでなく、
千加良さんと一緒に企画させていただき、大成株式会社の若手社員の皆さんと
勉強会を本社名古屋、東京で開催頂くことも。
社員の皆様とも対話が出来る環境まで創って頂いています。
 
 
★大成株式会社について そして 加藤さんご兄弟について
 
with komazakisama
 
このお二人が活躍されている、大成株式会社さんですが、今から59年前の
1959年10月にお二人のお祖父様である、加藤勲さまが名古屋に設立し、
米軍基地を中心に清掃管理業務をスタートされました。
起業前、お祖父様は商社マンであり、米国との関係が深く、
ビルメンテナンスの時代が日本に早晩訪れることを察知し、
事業を起こされました。
 
そこから2年3ヶ月後には東京に進出、その後大阪へ、仙台へと
事業とともに拠点も拡大されていきました。1996年9月に株式を
店頭登録、その3年後には名古屋証券取引所第2部に上場されました。
 
海外へも積極的に進出されており、ベトナム・ハノイには2015年
駐在員事務所を開設、昨年にはベトナムのビルメンテナンス会社の
70%株式を買収し子会社化へ。また香港でのビルメンテナンス会社も
100%株式を取得を2015年に行い、子会社化、昨年には
インドネシアにも進出されています。
 同社沿革より
 
地元、名古屋エリアにおいては、市内中心部のホテル業界においては
お取引がほぼ100%という強烈なシェアをお持ちであり、
おそらく【日本一のベッドメーキング対応をしている会社】
という側面もお持ちです。
 
東京においてもお祖父様の代から仲良くされている森ビルさんとの
ご縁もあり、六本木ヒルズ、虎の門ヒルズ、アークヒルズ等々の
【ヒルズ系】、東京駅前の顔である丸の内ビルディングの
三菱地所、他、国内有数のディベロッパーから外資系企業まで
多数取引をされています。ここ最近の新規事業については後述いたします。
 
この歴史と事業規模を兼ね備えた、大成株式会社の現社長は加藤憲司さま、
お二人ご兄弟のお父様にあたります、一度名古屋にて本社へ訪問時に
ご挨拶をさせていただきましたが、かなりのユーモア、
気さくにお話をしてくださいましたこと鮮明です。
 
お兄様の憲博さまですが、社会人スタートはリース会社。新人時代から
メキメキご実績を挙げられ、気付けば社長表彰の常連、常態化という
素晴らしい成績を挙げ続けていらっしゃったので、実家の大成株式会社を
継ぐこともないかなと思いながらリース会社の仕事に
集中されていたそうですが、お身内のお悔やみ事を契機に
大成株式会社へ入社を決意されたそうです。
 
ただ、現職であったリース会社側がおいそれと退職を認めて貰えず、
数カ月も退職が延び延びになったと笑顔で仰っていました。
退職後おおよそ5年が経過し、昨年専務取締役に昇格され、
現在は同社の屋台骨を支える若き役員としてご活躍です。
 
弟様の千加良さんも社会人スタートは、証券会社(私と同じですね)
ここで証券業務に邁進され、お兄様同様頑張っていらっしゃっていたそうで、
国内の証券会社に入社から、外資の投資銀行へ出向されるまでに
ご活躍だったそうです。千加良さんはお兄様の憲博さんから
『会社に入って欲しい』の一言で、退職を決意し、現在2年が経過したところ、
兄弟二人で3代目としての責務を全うされています。
 
千加良さんとはほぼ毎日業務上の打ち合わせを電話で
やり取りをさせていただき、お兄様とのアポイント調整を行って頂く、
私にとっての大事なカウンターパートナー的存在です。
昨年の12月は毎週上京時に毎日お会いしている感じでした。
 
 
★60社以上にお会い頂いたと思います
 
大成株式会社さんのHP上で目につくのが、【業務案内】の次にある
【新規事業】のタグ。企業情報より先にあり、如何に新規事業の位置づけを
大切に、重きを置いていらっしゃるかが解る意思表示だと思っています。
そのタグをクリックすると、【総合ビルマネジメント その先にあるもの】
というメッセージが一番上に。
新規事業のページはこちらから
 
技術力・提案力・人材力・世界へこの4つのキーワード。
そこに関係しそうな会社様をこの2年半の間におおよそ60社近くを
ご紹介、面談頂いたと思います。その中から既に事業化して下さっている会社、
大成株式会社で活用して下さっている会社も多数になってきました。
 
昨年幾つかあるトッピクスで、9月にオープンされた【T-GARDEN】も
感慨深い一つです。2016年の秋頃にお二人に『チョット表参道まで
ご一緒頂けませんか?』と軽い感じお誘いしてから、1年弱で、
数千万円を投資して、同社の東京の顔が激変しました。
 
私が6年ほど前から今までのコンセプトとは全く違うオフィス内装の
時代が必ず来ると思ってお付き合いをして参りました、
㈱デザインオフィスラインの宮内さん親子とお会いいただいてから
あっという間に実現してくださいました。
 
t_garden
 
写真からも斬新さが伝わると思います。
宮内さんは日産自動車のスマートハウスの設計 施工も担当された
ハイレベルなデザイン事務所です。
次代のオフィスの机等什器、内装〜建築に至るまで新しいコンセプトを
打ち出してこられたところを加藤さんご兄弟に具現化して下さったことは
本当に心より感謝しています。
デザインオフィス、ライン社のHPはこちら
大成HP上のライン社との提携事業のページはこちら
 
その他にHPに記載頂いている会社さんでは、空きスペースの
シェアリングで提携頂いた、軒先株式会社。日本各地の食をオフィスで
低価格で楽しんで頂けるT-Deli、特にアイスクリームが
この寒い季節でも人気です。コンビニ等で見かけない、全国各地の
ご当地アイスが気軽にオフィスで食べられる、オフィスに集う方々の
ご当地話から社内の活性化に繋がるアイスで働き方改革を実現しています。
 
高品質低価格の靴磨きをオフィスで受けられるT-Brush、
なかなか簡単ではない【鏡面磨き】で磨き上げて下さる、
しかもオフィスにいながら、会社に数足持ち込む方もいらっしゃるそうです。
イベント企画、サプライズパーティーを行って下さる会社、
大学発で研究が進むコミュニケーションロボットを活用した
高齢者向けおしゃべりロボットと、この辺りが私のご縁でお繋ぎさせて
いただいています。幅広い領域をいとも簡単にと、いつも有難く思います。
 
 
★1年間に記者会見へ2度ご招待頂きました
 
この60社ほどをお繋ぎさせて頂いた中で一番大きな実績となったのは、
新規事業のHP冒頭にある、【ドローンによるオフィス内巡回システム
「T-FREND」】です。働き方改革の風にも乗って、昨年大きな話題にも
なりました。2度の記者会見、その2度ともに主催者側としての位置づけで
お招きくださいました。
 
私のHPでもその2度の記者会見をトッピクスでお知らせしています。
1度目はこちら、2度目はこちら
特に2度目は主要テレビ局含め9局、新聞・報道系が16社ほど、
日経新聞にも大きく掲載されました。
 
drone
 
オフィスセキュリティから早期退社を促すことまで、幅広いマーケットが
見えてきたように思います。このリリースには、非GPSで自動飛行するという
高い技術力のブルーイノベーション㈱、ドローンが撮影した画像を
セキュアな状況で転送する技術でNTT東日本さんと私の懇意な2社さん
そして大成さんの3社が相互に補完し成り立っての事業連携でした。
これから大きな展開を楽しみにしています。
 
またご紹介から2年ほど、ご紹介当日私だけが遅刻をする大失態も
今は懐かしい想い出です。当日私の鞄持ちをしてくださった、
ミライロの堀川さんのレポートも参考までに。
 
 
★ベンチャースピリットを胸に。
 
私が2度目、3社目の損保会社に入社した際に、保険業務以外で、
この顧客基盤を活用すれば、なんでも事業化出来るのでは?と
四半世紀前に思ったことがありました。
しかし、規制やカチコチに硬い思考回路しか持ち合わせていない
損保業界の方とはなし得なかったことが、今、大成株式会社の皆さん、
そして加藤さんご兄弟のお陰で多方面に実現できることに
ワクワクしています。
 
それもリスクをキチンと見分け、そのリスクを取り、
チャレンジングに歩を進める、まさに加藤専務が日々、仰る
【我々はベンチャー企業ではない、しかし、ベンチャースピリットは持てる】
という言葉が私にも響きます。このスピリットと共に今年、
大きなチャレンジをいくつも具現化されていくことが
楽しみな一年になりそうです。
私も息切れしないようにご一緒したいと思います。感謝を込めて。
 
 
大成株式会社様のHPはこちら

ご縁結びのコーナー第35回 株式会社Warranty technology 代表取締役社長 今村 末男 様

2017年12月13日

★かなり恐縮しながらHPに掲載頂いています
 
ここ最近、フィンテック、金融機関の大リストラ、保険事業の
コンプライアンス強化等々の文字が新聞紙上に並びます。
そんな中、市場性があり大きな動きになろうとしているのが【保証事業】。
この業界の中で新しいチャレンジを繰り広げようとしている
Warranty technology社について、その代表の今村さんについて
お伝えしたいと思います。
 
まず、こちらの会社HPに私の名前も掲載頂いております。
しかし、いつも恐縮しますと今村さんに申し上げているのは、
あまりに格の差を感じる方と上下で掲載頂いていることなんです。
 
その方とは、千本倖生さんその人です(まだお会いしたことはございません)。
DDI創業~専務、その後イーモバイル創業、イー・アクセス会長と
そのご実績のある方の下に私の名前を記載頂ける幸せ。
強力な布陣の経営陣に顧問団の皆さん、そこに名前を連ねさせて頂けるのも、
ある意味、今村さんの優しさの一端だと感謝しています。
 
その恐縮ついでに、同社の社内に掲げていらっしゃる言葉、
実はこの言葉も千本さんが考え日々実践実行されています。
あまりにも素敵な10の言葉を纒めたものですので、私自身、いろんな場面で
披露している次第です。この機会に皆さんにもお伝えしたいと思います。
 
「上手く行く10ヶ条」
1.大きな時代の流れをよく見ること。
2.用意周到に準備をすること。
3.大胆にリスクをとること。
4.良きパートナーを得ること。
5.高い目標を掲げて、明るく、ポジティブに。
6.一旦始めたら、一歩先だけを見つめること。
7.諦めない、成功するまで続けること。
8.大胆さと慎重さの両方が大事。
9.上手くいったら、より大きな次のことを考えること。
10.そして、常に感謝すること
 
仕事をすすめる上で、あらゆる場面でこの言葉を
大事にさせていただいています。
自分の大事な手帳の見開きにも書き込んでおり、
事あるごとに見返すようにしています。
 
 
★保険代理店にとって【保証事業】が大きな収益の柱に
 
私自身、長らく損害保険会社にお世話になったわけですが、
ずっと疑問だったのが、保険会社社員の皆さんの近視眼的、
短絡的な保険事業以外にあまりにも興味が至らないところでした。
私が他の業界から転職で入ったからかもしれませんが。
 
これだけの顧客基盤を有しておきながら、他の事業モデルを流入できれば
収益構造ももっと変わると、入社当初から思い描き、
頭の固い社員の皆さんには当初から見切りを付け、保険販売のプロである、
代理店の社長さんたちと保険以外についてのお話を散々してきました。
 
気がつけば、私が、保険業界とは遠く、関わることはありませんが、
このところの、保険代理店手数料の改定、保険販売の複雑化、
代理店事業のコスト負荷等々の現況から、今後新しい事業モデルが
必要になってきたと感じています。
そこに、今回の【保証】を切り口にすることで、保険とは違うマーケットが
顕在化する良い時期になってきたと思っています。
 
今回のご縁結びについては、特に保険代理店の皆さんにお伝えできればと。
なぜなら当分の間、保険会社の皆さんは、ほんの一部の方々以外
【保証】については遠い存在と思っているに違いないから。
 
 
★アメリカの大手との連携
 
Warrantytechnology社について、ご説明致します。
保証事業を通して、販売フォローからアフターサービスまで
一貫して受託しています。保証リスクについては当初から
国内大手損保会社と連携し、信用補完を充実させながら
消費者(個人・法人問わず)が購入した製品の修理保証を受ける制度を
確立している会社です。保証の対象としては、創業以来同業他社が
引受をしないような部分までチャレンジをしています。
 
家電は勿論、通信機器、太陽光、設備、不動産関連、業務用、
会員マーケット、先般はメガネの保証までに広がっています。
保証の流れ(フロー)に関しては下図をご参考に。
 
flow
 
service
 
また今年になって、米国で125年の歴史があり、300億ドル以上の資産、
60億ドルの売上、そして安心の格付を有している、アシュラント社と
パートナー契約を締結しました。これにより莫大な保証マーケット
データーベースを手に入れることになり、日本国内おいても一層
透明性高く、柔軟な保証商品開発へと繋がることになりました。
 
この動きに加えて、国内最大手のインフラ企業が同社との連携を
模索中と聞きます。この連携が結実し、リリースの暁には、
大きな流れとなり、修理、交換の窓口も圧倒的となり、
家電や通信機器に対するサービス提供の利便性向上と繋がります。
 
この2つの連携結果、Warranty technology社は
大きく飛躍するものと感じており、保険代理店経営者との連携も
来年に向けて加速できると考えている次第です。
↓↓↓
株式会社Warrantytechnology事業紹介動画
ワランティテクノロジー新時代の「保証」を創造する。

 
 
★今村さんの強烈な経験値
 
ここで、今村さんの保証事業に関する経験値について、
お伝えしたいと思います。若くして起業の経験値もあり、
ある時経営コンサルティング会社から事業の立て直しに入ったのが、
NTTの工事事業者(一次店)だったそうで、そこの経営再建に
携わっているうちに何時しか同社の専務となっていたそうです。
 
その大きなキッカケは、当時(平成12年頃)売上2500億円規模だった
大手家電量販店のリペアセンターの提携話だったそうで、
そこからコールセンターの立ち上げをしていくうちに、外部の傭兵から、
専務の立場にそして、この大手量販店からも業務提携、
資本提携に至るようになっていきました。
 
その工事会社も、気付けば売上規模が6倍以上の270億円となり、
元々、過去から興味があった、【保証】について新規事業を提案。
その事をすぐに家電量販店オーナーも快諾し、家電量販店では初めて
保証事業がスタート、このことにより、本体の売上も5000億そして
1兆円と伸びていったそうです。
まさに保証に関してのプロフェッショナルです。
 
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同業他社が、保険会社に丸投げをしている中(大赤字)で、今村さんは、
自社での引受、自社修理サービスに拘り、この保証事業でも
黒字事業として確立していたそうです。
この経験値を、広く一般に拡販する思いで、この家電量販店グループでの
大きなポストに見切りを付け、自分で起業の道を選んだ今村さん。
そこから、2年間の大病を患い、自身が創業した会社を解任される浮身に。
 
完全復調した先に再度起業したのが現在のWarranty technology
(再起業当時はマーテックス社)となり、昨年にはその解任された会社が
破綻することを聞きつけ、自分が起業して作った会社、お客様に迷惑を
掛けられないと火中の栗を拾う状況ながら、引取を決断したそうです。
保証事業の根幹を立ち上げた人であるからこそ出来る気合と
実行力を感じた次第です。
 
 
★保証と保険は違う
 
保険会社は、あくまで金融業であること。
お金で解決するものであることに対し、保証会社は役務提供、
サービスを提供するところが大きな違い。
修理出来るものは修理をする。そこで修理データが一番の肝となるわけで、
膨大な修理データを手に入れることで、修理代金の適正化を
ウォッチしやすい立場となります。ここが保険とのおおきな違い。
 
保証のほうがデータ管理をすれば適正化しやすく、修理業者や顧客に
対してもロス・コントロールがし易い立場となります。
結果、修理会社ネットワークも構築しやすく、顧客との利便性は
保険会社以上になっていこうとしています。
その意味でも、今回大きな事業の提携は如何に大きなことかと思う次第です。
 
 
★今後の展開について
 
米国のアシュラント社との提携、日本郵政との提携により、大きな
バックボーン、ビッグデータの取得、大きな利便性を手中にした
今村さん、今後は大きな販売チャンネルを手に入れたいと考えています。
 
それは、保証事業を新たな事業として、販売してもらえる、販売チャンネル。
2年ほど前に、私の懇意な地銀さんが、販売パートナーの構築を
お手伝いいただき、多数の戸建て会社さんが同社と販売提携に
結びついた経緯があります。同様に、全国の地銀ネットワークにおいて
同社の販売先の紹介活動を増やしたいと思っています。
 
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加えて冒頭申し上げました、損害保険代理店の新規事業の大きな柱として、
保証事業の販売パートナー制を来年に向けて構築したいと思っています。
 
この記事をご覧になった保険代理店の皆様、ご興味が湧きましたら是非同社へ
コンタクトしていただければと思っています。
 
株式会社Warranty technology様のHPはこちら
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第34回 空き家活用株式会社 代表取締役 和田 貴充 様

2017年11月22日

★みんなのパイセン和田さん
 
いつも親しみやすい笑顔で、私も出会った当初から『和田パイセン!』と
声を掛けては、『もう恐縮しますから止めて下さい!』と、
素敵な笑顔で返事を頂いていた事を思い出します。
出会いから6年ほど、仕事の真剣なお話よりも、経営者の皆さんとの
イベント事や夜会には無くてはならないキャラクターとして
仲良くして頂いております。
 
起業をされた当初の会社が【(株)オールピース。】。
オールピースの後にある『。』、これが大きなポイントであり意義あること。
会社登記上は表記できないのですが、HPにはキチンと『。』がついています。
以前この『。』の意味はなんですか?とお聞きしましたら、
全てが丸く収まるように、皆さんがオールピースを通じて
丸く繋がるようにという意味ですと、和田さんらしい温かみある説明が
笑顔と共に帰ってきました。
 
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同社のHPにある、私へのコメントを以下に。
 
“この人はほんまにすごいひとですわ。たくさんの人と人をつなぐ人やて。
オールピース。にもたくさんのつながりや出会いを与えていただいとります。
代表の和田もえらいかわいがってもうてるみたいですわ。
これからお客様にもっともっといい暮らしを提案してくためには
たくさんの情報といいもんと応援してくれはる人が、とっても大事です。
そんな大事なところを一生懸命してもろてます。
ほんまありがたいことですわ。”

 
私こそ有り難いと思っております。
 
 
★20歳で事業を引き継ぎ・・・
 
和田さんの事業家への道のりについて、少し触れたいと思います。
高校を卒業したとき、実家の仕事を手伝うのかなぁと
あまり先々のことは考えていなかったそうで、お父さんと同じ仕事、
ビルメンテナンスの仕事をしていたそうです。
早い段階で10代最後の頃には修行で東京へ。
そこでも同じ仕事で頑張っていたそうです。
 
しかし、20歳になった頃に、お父さんの病気が発覚。
既に末期がんであったそうです。急遽のことで、
職人さんも抱えていた中で、お父さんから事業を引き継ぎ、
若き社長として新しい立場がスタートしたそうです。
ただ、社会の仕組みや、状況が分からない中で、必死で頑張るも、
4年後には1,300万円の借金が膨れ上がり、 自己破産も検討するが、
妻に止められ断念。
 
既に結婚もし、お子さんもいらっしゃる中での再出発。
『これくらいのことでへこたれない』と心に決め、
厳しい営業系の不動産会社で頑張ったそうです。
借金も7~8年で見事に返済しながらも、お金の有り難さ、
苦労の勉強を20代で出来たと、しみじみ話されていました。
 
この不動産会社では、【不動産のいろは】を全て教えて貰えたことが、
今の経営者に大きく影響しているとおっしゃいます。
賃貸仲介、不動産管理、不動産売買、建築、リフォーム等々を
一通り経験できたことが大きいと。
しかし、この勉強の機会を与えてもらった会社も28歳の時に倒産。
1年ほど不動産業の立ち上げ事業を手伝った後に、
29歳から34歳まで大阪の北摂エリアで、戸建て分譲から
不動産全般を取り扱う中堅企業に就職。
 
こちらでも持ち前の明るさと頑張りで、すぐに中核社員として
活躍されていたそうです。お父さんの事業を引き継ぎ破綻した24歳の頃、
ぼんやりと『10年先もう一度事業を自分でやりたい』と
思っていたそうです。その34歳が近づくにつれ、事業家の勉強も
自然にしていたそうです。特に、経営の勉強として
盛和塾に入会したいと、サラリーマン時代に事務局に自ら連絡し、
起業していないと駄目だと断られた経緯があるそうです。
勉強熱心ですね。
 
 
★34歳で起業の道へ
 
10年の想いを胸に34歳で起業へ。その半年後には前述の盛和塾に入塾。
そこから起業家、経営者のネットワークが広がり、早い段階で、
私とも出会うことになりました。
会社経営については、HPを見ても判りますが、
お客様を如何に大事にするかが滲み出ている感じです。
(オールピース。のHPはこちらです)
 
ご自身が会社のキャラクター(ワッディ・・・カワイイクマさん、
和田さんを想起出来ますね)となり、前面に出ていらっしゃいます。
オールピース。のmemberは現在6名。妹も手伝うアットホームな感じです。
今年の12月頃には本社を箕面に移転する計画中です。
1階部分にはミシュランで星を取得したレストランで修行された方が
お店を開きます。
 
その素敵な雰囲気で自宅購入の打ち合わせが出来るレストランを併設し、
2階がオシャレな家具付き新築住宅の展示場兼本社となる、
大きなチャレンジをされる予定です。
その為、新しいコンセプトのHPも開設。
家具付きの新築住宅を大阪、北摂地域で展開が楽しみに。
 
 
★大阪、東京、フィリピンに会社を設立
 
過去に、『和田さん事業の中で一番の課題はなんですか?』とお聞きした際に、
『いろいろありますが、中でも分譲土地の仕入れが中々難しいです。
世の中には空き家問題もある中で、もっと新たな活性化が出来る仕組みが
あれば良いなぁと思います』と、大阪で仕入れを目的として1年半で
2,000軒の空き家情報を集めている、とお聞きしていたのが、
今から2年半ほど前。
 
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私が相談を持ち込んだのは、【シュフティ】を運営しておられる
(株)うるるの星さん。
現在35万人超の在宅主婦の皆さんに、お仕事の機会を提供されて、
今年の3月に上場されています。その星さんに和田さんの課題を
相談しましたら、在宅ワーカーの皆さんが空き家をリアルに見つけ
データ化する、という具体的な事業に発展。
日経新聞でも記事化されることになりました。
 
現在は、これがキッカケで、在宅主婦の皆さんの在宅ワークが
一般的だったことから、【外出ワーク】という新しいお仕事の機会が
創出され具現化されています。
和田さんとも意気投合の星さん、今ではかなり懇意に。
人見知りで有名な星さんと良い友人関係を構築されています。
これも和田さんならでは。
この星さんとの関係から自身で構想を重ね、【空き家活用】に関する会社を
東京で立ち上げることにまで発展しました。
 
空き家のデータベースを不動産業界に提供出来しながら活性化を行っていく、
【空き家活用株式会社】がスタートしました。
この10月には2万軒の空き家情報が積み上がっており、
都内を中心に神奈川、千葉、名古屋へと広がり始めています。
既存の不動産事業では中々難しいストック型ビジネスとして
成長し始めています。
また、これより先に2013年にフィリピンで、日本人現地就労者向けに
物件を仲介する不動産会社(リサール不動産)も立ち上げていらっしゃいます。
事業の幅がかなり広くなっているのが判りますね。
 
 
★社会課題解決へ国交省のモデル事業に採択も
そしてラジオのパーソナリティまで
 
ある時、和田さんに、『そんなに、大阪、フィリピン、東京と
3つの会社を展開して大丈夫?大阪で事業に集中した方が良いのでは?』と
投げかけたことがあります。周りの経営者の皆さんも心配されていると聞いての
投げかけでした。和田さんから、『杉浦さん、私の頭のなかでは
全てが繋がっているんですよ!』と、笑顔で元気に返事が返ってきました。
 
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『大阪での不動産取得のためには、空き家情報は有効です。
今は東京で空き家活用の事業を展開していますが、後々、大阪に注力して
自社の展開にも大きな力になります。また、大阪での分譲事業を拡大し、
こちらも東京の空き家情報とマッチさせて、
東京で分譲事業の可能性も拡がると思っています。
さらに、東京の空き家情報を有効化するために、フィリピン人の方々に
安く住居が提供できるように事業化していきたいと思っています。
 
また、フィリピンには日本のタイムマシンモデルのビジネスが、
これからいくらでも展開できると感じています。』と、
日本の空き家問題を地域間でカバーするだけでなく、
海外からのネットワークも活用しようとする和田さん。
大きな苦労があって人に優しくなれる、そしてお役立ちの精神で
事業に反映していかれると思います。
この空き家活用事業については、国交省のモデル事業にも採択されており、
日本の社会問題解決にも大きく寄与されています。
 
このように事業で大きな展開をしようとしている和田さんですが、
忙しい中ラジオパーソナリティーもされています。(どなたでも可聴できます)
このようにマルチに活躍する和田さんの今後が楽しみです。
 
(空き家活用株式会社様のHPはこちらです)
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第33回 株式会社C-mind 代表取締役 虎石 克 様

2017年10月12日

まだ私がサラリーマン時代、会計士の壁谷さんから、
是非紹介したい経営者がいます!と御声掛け頂いて
お会いしたのが今回の虎石さん。
たしか2014年3月だったと思います。
当時はまだ28歳になったばかりでしたが、人を引きつける魅力と
エネルギーに驚いたことを新鮮に覚えています。
 
お会いして3年経過して、グループ会社も4社になり、
グループ全体直近で120名を抱える大所帯になっていらっしゃいます。
31歳で正社員の数が100名を超えて、
社員、社員の家族の皆さんを支えつつ、
会社を引っ張っている虎石さんについてお伝えしたいと思います。
 
 
★スリホっていい名前ですね!
 
3年前にお会いした頃は、【スリホ】の事業を展開し始めたところ。
【スリホ】ってなんですか?と私がお聞きした際に、
『刷り放題のプリンターの定額レンタルサービスなんですよ、
ですから、スリホなんです。』この説明に、
『名前が良い!判りやすい!』とお答えしました。
ネーミングって大事ですね。
 
『商標は?』の問いにも、即座に『取得済みです!』と
抑えるところもキチンとされている。
28歳になったばかりなのに、勢いだけではない御仁と思った次第です。
 
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今では上場会社も利用する、虎石さんの会社の中でも
大きな事業の柱となっています。
(スリホに関する詳細はこちらをご覧ください)
 
 
★厳しい時期を2度乗り越えて
 
私が出会った頃は丁度過渡期で、今までの高収益だった事業が
先々厳しい状況になると予見し、リスクを承知で、
思いっきり人員配置をシフトしようとされているところでした。
起業して2度の危機があったと話す、虎石さん。
 
まず1度目は、起業最初の年。全く軸がない、判断基準もない、
何をするという明確なものも無かったそうで、
まさに『何をやろうか?』の起業だったそうで、
【アプリ開発】、【広告代理店の営業代行】、【イベント企画】、
とバラバラな事業に手を出し、アッという間に資金も底を突き、
倒産まっしぐらへ。
 
カッコイイことを追求していれば起業家になれるという
幻想の世界に気付き、【電話回線の訪問販売】という一番キツイ、
厳しい事業に集中し、安定的に収益が確保できるようになったそうです。
回線会社から、いつしか表彰されるくらいの優秀な
販売会社になっていかれました。
 
2度目は、その回線会社の販売戦略が変更となったこと。
手数料体系が一気に崩れはじめる予見を虎石さんは早めに察知して、
【販売代理事業】ではない【自分たちのオンリーワンサービス】を
早く確立していきたいと思っていました。
 
そこで、出会ったのが、プリンターの刷り放題ビジネス。
既存の“1枚いくら“の従量課金、簡単に解約出来ないリース契約、
複合機やプリンター業界の“機械販売で儲けるのではなく、
月々の使用料、ランニングコストで儲ける仕組み”に疑問を感じ、
OEMで提供してくれるインクメーカーを全国を走り回って探し出し、
直談判し、調達コストを下げ、【スリホ】の可能性を見出すことに成功し、
そこに人員を一気に投入し成功に導きました。
 
あのまま回線の販売代理店をどうなっていたか?
当時の同業他社で専業としていた先は、殆ど倒産していったそうです。
この経営者としての機転、判断は素晴らしいものと感じ入ります。
 
 
★30才社員100人を超えても全くへっちゃら???
 
今まで、【虎石】という名字の方にお会いしたことはありませんでした。
皆さんも御存知でしょうか。親鸞上人と深い関係があるそうで、
【親鸞上人虎石】と検索すると多数の情報や写真が出てきます。
由緒あるお名前ですね。
 
それもそのはず、虎石さんのご実家は新潟県上越市にあるお寺であり、
15代目であるそうです。
4人兄弟でいらっしゃり、ご自身以外は全員が国立大学に進学。
ご自分は高校を出て、ホテルマンになろうと思っていたそうですが、
ご両親から大学だけは行くようにと言われ、学費の安い大学に入ったそうです。
 
ただ、私立の大学に入学となり、親御さんからは
一切授業料や生活費の支援は無く、大学入学後すぐに社会人として自立、
自活しないといけない厳しい環境に。
これが今の虎石さんの経営者としてのベースになっているようにも感じます。
 
大学入学と同時に、成果報酬型、営業系のアルバイトに集中し、
学費と生活費は賄えた上に、一般社会人以上に収益を稼ぐ
スーパー大学生になっていかれました。
この頃には既に“ビジネスって面白い!“と感じはじめ、
ビジネス書を読んだり、起業している諸先輩に相談したり、
次になにをするか?と考えるようになり、営業の仕事から
人材派遣の会社のインターンとして働くようになったそうです。
 
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最初は派遣実務を行うスタッフ、その管理者へ、
その後はイベントの企画、派遣会社の合同説明会の企画まで、
さらにその会社での新規事業の立ち上げも行う、
でも現役大学生という経験値。大学卒業後そのままその会社に就職。
 
新卒の時点で部下が100名を超えていたそうで、
その3年後には200名から300名の組織を運営するところまで
(この責任感は大きいですね)。
現在100名以上の組織となっていますが、
10年近く前には既に経験済みのお話。
100名の組織もこの若さでへっちゃらというのも頷けます。
 
 
★事業展開~今後そして人創り
 
私との関係性の中で一番大きな出来事は、
現在グループ会社の一角となっている【リーガル賃貸保証(株)】。
こちらも同社グループの収益の柱となっているのですが、
元々虎石さんから、『杉浦さん!事業展開の中で若くて動きの良い
弁護士事務所を紹介して下さい!』と依頼を受けて
紹介させていただいたのがキッカケ。
 
その弁護士事務所と密接な関係にあったのが、
この【リーガル賃貸保証(株)】でした。
賃貸物件を借りる際に必要な【保証人制度】。
ただ都会の一人暮らしも増える中、
保証人がいない賃借人も増えている現状。
 
これを解決するために設立されたものですが、
この会社の前経営者さんが私の懇意な方であり、
虎石さんとお引き合わせした後に、この会社を実は無償で
譲渡されたという経緯があります。
それも、虎石さんの経営者としての資質に
惚れ込まれた結果と思う次第です。
このように、社内外にファン化が進む、虎石さん。
 
cmind3
 
近い将来には、1,000名規模のグループを組成したいと考えています。
その先には、株式公開も視野に入れて。
『折角東京に出て来て、事業で勝負している。
50歳や60歳の経営者ではないので、ドンドン攻めていく経営に
チャレンジしていきます!』と元気に語って頂きました。
 
企業理念である【-ヒトを想い、ヒトの力で、ヒトの未来を
-人密着型企業】として益々将来が楽しみです。
その先にあるのはコーポレートスローガン、【世の中を、フラットに。】
今後の大きな展開を見守りたいと思います。
(株式会社C-mind様のHPはこちらです)
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ご縁結びのコーナー第32回 株式会社アンビシャス 代表取締役社長 徳永暢也 様

2017年09月13日

今から10年近く前でしょうか、【関西若手の会】という、
若手起業家が集う任意団体が活発に活動していました。
私はサラリーマンであったのですが、この団体に参加する経営者さんと
懇意な方々が多く、よく誘って頂き参加させて頂いていました。
 
そのメンバーで20代であったのが本日の徳永さん。
真っ黒な顔でいつも登場されていたこと懐かしく。
『なんでそんなに黒いの?』と聞いたこともあります。
理由は、現場に行っての、トランクルームの設置作業を
自らやっていたこと、物件を探して東奔西走していたこと。
ネクタイ・スーツ姿と真っ黒な顔が
不釣り合いな感じだったことを思い出します。
 
【トランクルーム大阪】で検索してみると、広告サイトを除くと
圧倒的1位がこの徳永さんの会社、株式会社アンビシャスです
(トランクルームのブランド名は【収納ピット】)。
早い段階からITの力を活用して、集客流入もインターネットからが
かなりの比率とのこと。
あの大手の【HOME’S(LIFULL)】よりも上にいることがその実力の証拠。
そんな地域と業界に特化して事業を伸ばしていらっしゃる
徳永さんについて今月はご紹介したいと思います。
 
 
★「トランクルーム大阪」で検索
 
このトランクルーム、直近では、大阪、京都、神戸で200拠点となり、
区割りされた部屋数で7,000部屋を管理されています。
約140拠点がビルインタイプであり、ここ数年は殆どが
このビルインでの出店を加速されています。
 
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関西でもまだまだニーズ、マーケット拡大の可能性は高いと
判断する徳永さん、関西一円で500店舗は出店をしたいと仰っています。
この短期間での出店についての成功理由を伺うと、
【機動力、スピード対応】と話されます。お客様から問い合わせがあると、
来店を促すのではなく、現場に急行し、必ず面談、
お客様がその気のうちに契約を完了して顧客化することを、
本当に少ない人数の時から行っていました。
 
そんな機動力を担保する上でも、学生のインターン、アルバイトの方々を
戦力化するのが非常に上手な徳永さん。
自ら実践する姿があればこそ、と思います。
ここ最近は、学生インターンの方々も続々入社が進み、
10数名の組織になってきました。
若い力が溢れるところ、会社名であるアンビシャスに込めた想いが
具現化しているように感じます。
 
 
★何も無いところから仕事を創る楽しさを
 
元々、学生時代にNPOのインターンシップ事業設立責任者を務め、
関西最大規模にと成長基盤を作ったそうで、
学生時代から【無から有を創出する】という経験をしていました。
そこから大手企業には興味もなく、
上場を目指すベンチャー企業に就職した徳永さん。
 
入社前から3年で起業すると決めて、就職して1年半後に中国へ。
全く中国語も何も出来ないところで、かつ日本人は一人で
商材開発の仕事をしていたそうです。
その他にはFC店舗の指導、店舗企画を経験し、
当時の会社を引っ張る立場で活躍していました。
 
その活躍する徳永さんの姿を見ていたのが
入社したベンチャー企業の専務だった田中さん。
学生時代の徳永さんのことを入社面接時から見守り続けて、
ご自身がそのベンチャー企業を離れる際に声を掛けたのが
徳永さんだったそうです。
まずは人ありきの新しい門出であったことがよく解ります。
全ては人次第、何をやるかよりも誰とやるかということだと思います。
 
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不動産業ではない、全く門外漢の出身からトランクルームを
展開したことが、周囲の同業者がやらないことに
一歩踏み出す際にやりやすかったと振り返ります。
私が一番驚いたのは、トランクルームのオーナー探しや
投資家(FC加盟店)を見つけることを、早い段階から
インターネットを活用して集客してセミナーを展開していたこと。
自身での展開余力が出来るまではここに集中していました。
当時、『インターネットで集客できるの?』と聞いた覚えがあります。
今ほどインターネットの威力がまだ不確かだった頃から
その可能性を見出していたこと、さすがだと思いました。
 
ただ、徳永さん自身は、ITに関しては遠い存在、そこが連携力といいますか、
周りを見渡し、インターネットを活用した集客マーケティングの
プロフェッショナル会社に発注していました。
また当初から、出店コストを下げるために、ベンチャー企業時代に培った
中国での知見を活かし、トランクルームの現地生産、国内への搬入、
組み立て、設置現場作業までも徳永さん自身でこなすところ。
全て一気通貫で行っていましたので、同業他社とのコスト低減も
実現されていました。
その頃、よく、『脳みそまで体育会系です!』と行動派でした。
 
 
★アンビシャスから巣立ったメンバーとも交流して
 
徳永さんの会社の理念やメッセージを下記に。
・経営理念—人間も経営も政も、器である。志を時空で感じる、人格者たれ。
器には、清も毒も入れることが出来ます。
だからこそ、正しい意思決定を行う人格が大切です。
常に、目的・志を忘れず、時間ではなく時空を感じる事のできる
人格者であることを目指します。
・企業理念—志の高い人格者の輩出によって、社会に貢献する。
・企業メッセージ—弊社は特定の事業領域を持たず、
精神が満たされること(快適な住空間作り、リゾート)や健全な身体を
作ること(健康産業)、チャレンジ精神の助長(海外商材調達、
コンサルティング)、または地域社会が活性化されることに貢献できる
事業に取り組んで参ります。
あくまでも事業は方法論であり無限です。大切なことは弊社の理念と
執行する人間の人格であると考えます。
 
弊社は自分一代では成し遂げることの出来ないテーマに取り組むことで
人格を兼ね備えた事業家を永遠に社会に輩出する、という高い志を持って
社会に貢献することを使命とし、近い将来、弊社株式会社アンビシャスは
その社名のとおり「高い志を持った人を創っている」といわれるように
努力していく所存でございます。
 
 
というように、【志】が何度も登場します。その志を、大学生インターンを
迎え入れる際に、学生の皆さんにアツく訴えてきた徳永さん。
私も何人かの同社インターンOBの皆さんとも
交流させていただいておりますが、皆さん相当優秀で、
社会人となり大手企業に就職してもトップの成績を挙げていると聞きます。
改めて、教育、志、機会提供、仕事への姿勢の大事さを、
このOBの皆さんとお会いして感じるところです。人は育つと言うことですね。
 
 
★今後の展開について
 
ホームページ上でもはっきり上場を目指しています、
と書いているところからも、大きく事業を伸ばし、
展開して行こうとされています。
 
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現状関西での展開を中心となっておりますが、近い将来には、東京、関東圏、
そして、名古屋、東海エリアにも進出を目論んでいらっしゃいます。
また、現業の状況での水平展開ではなく、新たな企画、まだ同業他社が
どこもやっていないことでの東京進出を考え、
私もご一緒に座組みを整えている段階です。
高い志から派生する若い力で、今後まだまだ発展するトランクルームの革命児に
なられることと思います。楽しみな会社です。

(株式会社アンビシャス様のHPはこちらです。)
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。