ご縁結びのコーナー第41回 ナカザワ建販株式会社 代表取締役社長 中澤 秀紀様

ー杉浦佳浩

ご縁結びのコーナー第41回 ナカザワ建販株式会社 代表取締役社長 中澤 秀紀様


2018年 06月 15日

★いつもこの溢れ出るような笑顔はどこから?と思う、
ナカザワ建販の中澤さん!
年令だけで申しますと若干36才の中澤さん。しかし実力を伴って今回、
グループ人数が500名近く、売上も200数十億円のナカザワ建販グループの
代表取締役に4月に就任されました。その素敵な笑顔を常に保っていらっしゃる
理由、経営に向かう心持ち、今後の抱負についてお話を伺いました。
 
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★中澤さんとの出会い
このコーナーで昨年の12月に掲載した株式会社Warrantytechnology社
いらっしゃる松原さんから是非ご紹介したいです!とお話を頂き、
2015年の秋頃に初めてお会いさせて頂きました。そこからあっという間に
仲良くしてくださり、現在に至る感じ。
 
当時は副社長として会社を引っ張っていらっしゃいました。
その際から、いつもニコニコされていて、私も自然にニコニコとなります。
当初は、子会社のエニワン株式会社の事業拡大に伴うお話について
お聞きしておりました、そこからグループ全体に広がる大きなお話を
いつもお聞かせ頂いています。
 
★名うての経営コンサルティング会社社長も冷や汗に
一度、中澤さんに東京の経営コンサルティング会社社長にお会い頂いた
ことがあります。この経営コンサルティング会社は、最近全国的に
鳴り物入りで売り出し中の会社さんで、たまたまのご縁で、同社社長に
中澤さんのお話をしましたら是非ご紹介頂きたいという話になり、
ちょうど東京にご出張中の中澤さんと一緒に訪問することとなりました。
 
面談の出だし、コンサルティング会社社長は、自社の強み~コンサルティングの
必要性を意気揚々と語っていらっしゃいました。そこから同社の必要性を
理解して頂き、クロージングに持っていこうということで、経営課題について
『御社はこんな事に陥っていませんか?』『こんな課題はありませんか?』という
問いを立てるのですが、ことごとく『困っていません』とか『解決済みです』
という力強いお返事。ついには相手社長さん、『弊社ではお役に立てそうに
ありません』と冷や汗びっしょりで小さな声で話すに留まりました。
 
この情景をじっくり拝見していて、中澤さんの経営への真摯な取組度合いの
真剣さ、深い考え、実践力を感じた次第です。まさに経営に年令は関係ない、
【姿勢】の大事さを感じ入りました。
なにか笑顔の裏側を拝見できた気がしております。
 
★中澤さんが常に笑顔なワケ
中澤さんの学生時代の頃やご家族のことについてお聞きしました。
中澤さんは1982年3月生まれで、2歳下に弟さんがいらっしゃいます。
ナカザワ建販さんはその1年前に創業されています。お父様は創業者であり、
現在会長である伸文さん。
 
創業、起業の理由を伺いますと、当時お勤めだった会社で売上を何倍にも
されたご実績があり、しかし、ご自分の待遇は良かったものの、周りの社員、
同僚にはあまり反映されず、希望通りに社員数も増えなかったそうです。
そこで、自分の思い描く会社にしたいということで、独立起業をされました。
しかし、以前の会社のお客様に手を付け新会社に持っていくことは一切無く、
一から事業を起こされました。
 
そこから、仕事人間を貫いて来られた伸文さん。
中澤さんの記憶にも家族旅行等一緒に行った思い出は何もないそうです。
まさに背中を見て育つということですね。お父様は、家では全く仕事のことは
語らない方だったそうです。その姿勢を見て育った中澤さんが、小学校4年生の
時の作文に将来の夢として【社長になりたい】と書いていらっしゃった
ということを最近お母様から伺ったそうで、何か、目して語らず以心伝心の
経営者家族だと感じました。
 
小さな頃からワクワク感ある子どもさんであり、片意地を張ること無く育って
今もそのままであるという印象です。スポーツのお話を伺うと、
『ソフトボールを小学校の時にやっていました。しかし当時の文章を
見ていると、かけっこは毎年のようにビリ、ソフトボールでピッチャーの際は
ボールが遅すぎて相手が打てない感じでした(笑)。』
 
命の大切さを学べたこともあったそうで、『中学では野球部に入部して
いました。そこではヤンキー率の高いクラブで、練習よりは、シゴキ、
体罰の日々。そんな時に、クラブで練習中に、メンバーの大怪我を
目の当たりにした際に、命の大切さ、今あることへの感謝の念を学びました』
と話されています。
 
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高校に入学後はクラブ活動はせず、ひたすらアルバイト活動に没頭していた
そうです。それが【スーパー内の魚屋さん】。ここで魚を二枚、三枚に
おろすことをただひたすらやっていたそうです。その後大学入学の際に、
全く違うスーパーにバイトで入り、『魚屋以外で』とお願いするも、
高校時代のバイトの話をすると、必然的にまた魚屋へスカウトされ
配属されたそうです。
 
またそちらで2年間ひたすら魚を捌き続け、この時に、如何に効率を上げるか、
限られた時間内で高い生産性を保つか、ということに集中し、早いスピードで
仕事に向き合うことが楽しいと思える自分がいたそうです。この感覚はまさに
経営者の素養がある点であり、今に通じているように思います。
そのお陰で魚屋さんから就職のラブコールが当初からあったそうです。
 
その頃に、お父様から会社を見に来たら?ということで話があり、
大学3年からはアルバイトとして、現場の仕事、特に重い木材の搬入を
していたそうで、この時会社として取り組んでいたのが【マナー配送】。
現場の職人さんとのコミュニケーション、周辺の家庭への気配り、
そういう気遣いある会社の一員として、魚屋にいた時と同様に、徹底的に
効率化、スピード化を追求しながら、仕事に惚れ込み、のめり込んで
いらっしゃいました。
 
その状況下で、お父様からの会社への入社要請についてお聞きしますと、
笑顔で『全く無かったですね!』と返事が返ってきました。ご自身で探して
入社したのが個人向けの訪問営業で、1日200件飛び込みでリフォームの勧誘を
する仕事でした。どれくらい厳しかったかと言うと、初日から退職する新卒が
続出し、7日間で半分が退職したほどでした。
 
その厳しい環境で中澤さんは頑張り続けましたが、3ヶ月で流石に疲れ果て
転職の道を選び、ご実家には戻らずに、お父様の勧めで地盤調査の会社に
入社しました。ここでは法人向けの営業が主体だった為、前職の個人向けの
訪販営業とは違い、まず担当者に会うことができる。アポが簡単。
ということで、持ち前の明るさで1日30社ほどに飛び込んでいらっしゃった
そうです。
 
3ヶ月経過した後に、CADソフトの販売を手がけることになり、そこから
努力の結果短期間で50台分を販売した後、住宅事業で注文住宅の仕事に
携わることとなりました。地盤、キャドソフト、住宅事業と、短期間ながら
集中して取り組み経験を積みながら、0から1を創り出す厳しさや、上司の
会社やチームに対する影響度を学ぶことができたと話されます。
 
その後、ちょうど大学を卒業して3年で、お父様から会社に戻ってこいとの
声が掛かり、ナカザワ建販さんに25歳で入社しました。仕事への真剣さ、
熱意、仕事から楽しむこと、学ぶことを、小さな時から身につけて今に至って
いらっしゃること、これがこの笑顔を生んでいるのだと感じました。
 
★ナカザワ建販さんの強み。本業とのシナジー。
システム会社~多様なグループ会社
同社の経営理念、【未来を見つめ、新しい価値を創造し、幸せな家族、
豊かな社会の実現に貢献する】が大好きだと仰る中澤さん。
経営使命には【住生活環境の向上とお役立ち活気あふれる職場環境
づくり】とこの2軸。
 
今後を見据えた事業展開、ナカザワ建販の強みはたくさんある中で、
私は、取扱商材の多様性もさることながら、1同業他社でやりたがらない
配送事業の内製化とマナー配送。2将来自社工場にて新技術にすぐに対応
出来るように【加工力】を磨いているところ。3本業とのシナジーを生む
子会社事業。エニワン社はシステムの開発から16年間、のべ2300社の中小の
工務店経営にお役に立っています。本体のナカザワ建販は近畿地方中心、
エニワン社は全国に展開しています。その他には24時間駆けつけサービスを
運営しているクオデザイン社、新築増改築から公共建築まで手広く対応される
レビック株式会社等があります。
 
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これからも新規事業に果敢に挑戦され、グループ会社も多数設立し、
グループ売上を今の倍以上にし、多くの社長を排出される予定で、
常に笑顔とワクワク感を忘れずに、理念を大事にしながらチャレンジしていく
おつもりです。私もご一緒したいと思います。
 
 
※このコーナーは、お世話になっている、
ブレイン・サプライ社が毎月発行している【ブレイン・サプライ通信】に、
私が日々の出会いの中で、仲良くして頂いております、
企業様、経営者様について話題をお伝えするコーナーである
【今月の縁結び】と連動している企画です。
内容に若干不明な場面もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。